北海道に広がるジャガイモ畑は、これから花の季節を迎えますが、薄紫の花を咲かせるのが、明治時代に川田龍吉によってもたらされた男爵いもです。
龍吉は日本銀行総裁、川田小一郎の長男で、文明開化の熱気の中でイギリスに留学して大学に学び、帰国後は実業界で活躍。
父親から男爵の爵位を継承しています。
その後、函館の会社の取締役となった龍吉は、凶作と不況に苦しむ北海道に、かつてイギリスで食べたジャガイモの導入を思い立ち、様々な品種の中から北海道に一番適したものを見出します。
それが後に男爵いもと呼ばれ、広く栽培されるようになったのでした。
龍吉は55歳の若さで取締役を退くと北海道に留まり、その後の人生を農業近代化に捧げ95歳で亡くなりました。
その死後のことです。
金庫の中から大切に保管されていたひと束の金髪と89通もの英文のラブレターが発見されたのです。
それはイギリス留学時代に結婚まで約束した最愛の女性、ジェニーからのものでした。
龍吉は帰国後、結婚を願い出ますが、父親の断固たる反対でついに叶わなかったのです。
ジャガイモはジェニーと語り合いながら食べた思い出の味であったと言われます。結ばれなかった愛は、龍吉の人生を輝かせる大きな力になっていたのでした。