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「吊るさない点滴」が医療機器に

国立研究開発法人産業技術総合研究所

無電源で輸液バッグを加圧可能

ポイント
・ 大気と真空との差圧を利用した、大気圧を駆動源とする空気加圧技術を実装
・ 輸液バッグを挟むようなサンドイッチ型空気バッグ機構により、重力による吊り下げ点滴と同等な吐出性能を達成
・ 無電源で動作するため災害時にも活用でき、患者の移動制限を緩和する「吊るさない点滴」が医療機器として登録

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概 要
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)工学計測標準研究部門 チョン カーウィー 上級主任研究員、土井原 良次 研究グループ長、古市 紀之 研究グループ長、嶋田 隆司 副研究部門長、入江工研株式会社(以下「入江工研」という)加藤 良浩 四国事業所技術顧問、郡司 貴雄 医療機器事業部 製造業責任技術者、唐澤 ルリ子 技術グループ第1技術係は、無電源で輸液バッグを加圧可能な機構を開発しました。この技術を搭載した「吊るさない点滴」が入江工研によって製品化され、独立行政法人 医薬品医療機器総合機構(PMDA)に医療機器として登録されました。

重力による吊り下げ輸液(点滴)療法は、輸液バッグを点滴スタンドに吊るし、重力によって生じた圧力を利用して薬液を患者の静脈に投与するもので、一般的な医療行為として世界的に普及しています。しかし、この医療法は患者の移動を制限し、移動の際には転倒事故や血液の逆流事故を引き起こす可能性があります。本研究では、大気と真空との差圧を利用した空気加圧技術により、点滴スタンドを用いることなく、電源を必要としない点滴装置の開発を行いました。

この装置は、病院施設や在宅において点滴治療が必要な方の移動制限を小さくするだけでなく、災害現場や緊急移送時における活用も想定されます。

開発の社会的背景
従来の吊り下げ点滴は、輸液バッグを点滴スタンドに吊るし、重力によって生じた圧力で輸液を患者の静脈に投与します。点滴スタンドと患者の点滴穿刺部(通常は肘前静脈)との相対高さを一定に保てば、安定した投与量で点滴治療ができます。しかし、この医療法は患者に移動制限を強いるものであり、また移動による転倒事故や輸液バッグの落下などによる血液の逆流事故を引き起こす危険性があります。現在の輸液療法は、患者の自由度を著しく低減させています。

開発の経緯
産総研では、国家計量標準機関として時間・長さ・質量などの国が整備すべき計量標準の開発と供給を行っています。今回の研究チームは、流量についての計量標準の開発と供給に従事する傍ら、関係する計測・評価技術の開発と高度化を行い、さまざまな形での社会実装を目指しています。

医療現場から入江工研を通じて、産総研に寄せられた「点滴による、トイレや食事等における生活の不自由を減らしたい」という要求をきっかけに、産総研の強みである流体制御と計測技術、入江工研が得意とする真空技術を融合して「吊るさない点滴」という新たなコンセプトを実現するための研究開発を開始しました。

「吊るさない点滴」実現のためには、重力に頼らず、能動的に輸液に圧力を付加しなければなりません。しかし、その駆動力を電気に頼っていては、災害時における使用が困難になります。そこで、真空ピストンシリンダーを用いて生じた、大気と真空の圧力差を利用することにしました。

安定した投与量の点滴は、患者の治療効果の最大化と安全安心にとって重要です。そのために、真空ピストンシリンダーにより発生した駆動力をいかに輸液バッグ内の薬液に安定した圧力として伝達するかは、大きな開発課題でした。[1]

課題の克服
当初試作した寝袋型の空気バッグでは、吐出開始当初は輸液バッグからの吐出量が安定したものの、重力による吊り下げ点滴と同じ吐出性能に到達できませんでした(図1)。そこで、原因究明のために、加圧用の空気バッグと、圧縮空気自体のそれぞれの作動効果に着目し、それぞれ別の実験系で評価しました。圧縮空気のみの作動効果を調べるために、直接輸液バッグの表面に圧縮空気を加えながら、輸液バッグからの点滴吐出量を取り出せるような特殊な密閉容器を設計製作しました。評価の結果、寝袋型の空気バッグを使用した場合よりも、圧縮空気のみの場合の吐出性能は上回りましたが、依然として重力による吐出性能に届きませんでした。その原因は、圧縮された輸液バッグの表面に皺が生じることで、内部の薬液に圧力が効果的に伝達されないためであることが判明しました。[2]

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輸液バッグの表面皺が吐出性能の妨げになるので、いかに皺の発生なく輸液バッグを圧縮するかが、次の課題でした。輸液バッグの皺を伸ばすのは、空気バッグによる圧縮が有効であると考え、空気バッグの形状を見直しました。試作を繰り返し、辿り着いた形状は、分離した二つの空気バッグで輸液バッグを挟むようなサンドイッチ型空気バッグでした。サンドイッチ形状では、空気バッグと輸液バッグとの接触面を密着させながら、皺をサンドイッチの両外側に伸ばすことができるので、輸液バッグ表面に皺を生じさせることなく圧縮することが可能でした。そのため、空気バッグの圧力が効果的に輸液バッグ内まで伝わり、結果的に重力と同等な吐出性能を達成することができました(図2)。

産総研と入江工研は、共同でこのサンドイッチ型の機構の発明を特許出願し、特許第6980359号として登録されました。

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今後の予定
今後、開発品のユーザーからの要望を踏まえ、点滴ポンプの携帯性と操作性向上を目指して、技術開発を進めます。

参考文献
[1] タイトル:Optimum pressurization mechanism for a non-electrical piston-driven infusion pump
著者名:K.-H. Cheong, R. Doihara, N. Furuichi, M. Nakagawa, R. Karasawa, Y. Kato, K. Kageyama, T. Akasaka, Y. Onuma, T. Kato
掲載誌:Applied Sciences
DOI:https://doi.org/10.3390/app12178421
公開日:23 August 2022

[2] タイトル:Measurement of the infusion flow rate of a novel non-electrically driven infusion pump in determining the influencing factors on its flow performance
著者名:K.-H. Cheong, R. Doihara, N. Furuichi, M. Nakagawa, R. Karasawa, Y. Kato, K. Kageyama, T. Akasaka, Y. Onuma, T. Kato
掲載誌:Measurement
DOI:https://doi.org/10.1016/j.measurement.2023.113229
公開日:19 June 2023

 
プレスリリースURL
https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2024/pr20241113_2/pr20241113_2.html





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