昭和27年7月、植物学者の大賀博士によって2000年の眠りから目覚めた古代の蓮が花を咲かせ、大賀蓮と名付けられて話題となりましたが、それは多くの人々の思いが結実して咲かせた花でした。
千葉の縄文・弥生時代の遺跡から蓮が発掘されたことを知った博士は、そこにきっと種があると発掘を決意。
戦後の貧しい時代に問題は費用でしたが、私財を投じた博士の熱意に触れた千葉県などの行政機関の協力や民間の寄付が集まりました。
さらに近くで干拓事業に取り組んでいた建設会社の社長が、社員とともに発掘作業に参加。地元の人々や中学校の先生、生徒達も加わります。
しかし湿地帯の発掘現場は困難の連続でした。
泥との戦いに気力・体力を奪われ、日程も予算も使い果たしてしまうのです。
みんなの心を支えたのは、社長の「このせせこましい世の中に夢を掘るのもいいじゃないか」という言葉と費用の援助でした。
それでも種は見つかりません。
博士がもう打ち切ろうと決断したその日、泥の中の女子生徒のふるいにひと粒の小さな種が!
駆けつけた博士の「蓮の実だ!」という言葉に大歓声が湧き上がりました。
夢見る力によって蘇った奇跡の蓮は、戦後を生きる人々の心に夢と希望の花を咲かせたのです。