今から180年前の天保3年。一冊の本が出版されました。
題名は「雪華図説(せっかずせつ)」。
出版したのは、現在の茨城県にあたる下総(しもうさ)の国、
古河(こが)藩の藩主、土井利位(どい・としつら)でした。
20代の若き日に雪の結晶に魅了された利位は、それから20年に渡って観察を続け、
86種に上る結晶のスケッチを一冊の本にまとめたのです。
しかし、江戸時代の昔、雪の結晶の観察は容易ではありませんでした。
整った形の結晶を観察するにはマイナス10度の気温が必要で、
その厳しい寒さに耐えながら、降ってくる雪を黒い布地に受け、
それを形を崩さぬよう黒い漆器に移して、オランダから渡来した顕微鏡で観察し、
スケッチしたといわれます。
大変な苦労を重ねながら、利位はその後さらに97種の結晶を収録した
「続雪華図説」を出版。
この2冊は、今日、日本で最初の雪の自然科学書として高い評価を受けています。
寒さの中で美しい姿を見せる結晶を、雪の華(はな)、雪華(せっか)と名付けた利位。
その数々のスケッチは、着物の模様など様々に用いられて流行し、
利位は庶民から「雪の殿様」と呼ばれて親しまれたといわれます。
実は利位は幕府老中として幕政に辣腕をふるうなど、熾烈な政治の世界でも
活躍した人物でした。
だからこそ、清らかで静謐な雪の世界を愛するもうひとつの人生を、
利位は大切に生きたのかもしれません。