梅雨から夏にかけて気になるのは、雨。九州では毎年のように大雨による被害が発生しています。いまから16年前の平成2年7月1日もそうでした。
有明海沿岸に集中豪雨が発生して一帯の河川が決壊。流域の市町村に水が襲いかかりました。牛津川沿いのある地区では軒下まで浸水。3世帯8人の家族が逃げ遅れてしまいました。そのうちの1軒には、視力障害のご主人と半身不随の奥さん。迫り来る水に追われ、着の身着のままの体を濁流に漂わせながら、かろうじて杉の木にしがみついていました。
近所の人たちがただただ心配して見守る中、一人の男性が意を決して救助に向かいました。趣味でやっているカヌー。それを3艘横に並べてロープで固定した急ごしらえの救助艇です。彼は慎重にカヌーを操り、杉の木につかまっている夫婦のそばに漕ぎ寄せました。「あなたが来てくれるとは思ってもみなかった」・・・・・。殆んど力尽きているご主人が絞り出すような声で感謝しました。岸に戻ると、近所の人たちが一斉に駆け寄り、毛布を掛けて介抱。それを見届けると、彼は再び濁流へ。
こうやって3世帯全員を救出した彼の行ないは新聞で報道されました。その中で読者を驚かせたのは、このヒーローが、ポリオのために右手の自由が利かない体だったこと。彼は左腕だけでパドリングするカヌーイストだったのです。
「カヌーに乗れば、健常者も身体障害者も関係なく、川はだれをも自由にしてくれる」と語る彼にとって、牛津川は一番仲の良い遊び相手です。
「だからこそ、私が川と遊んできたカヌーが人命救助に役立ったことがホントに嬉しい」・・・・・。
あれから16年。彼はいまも、体にさまざまなハンディをもつ人たちにカヌーを手ほどきしながら、大好きな川に漕ぎ出しています。