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MORNING JAM

問題です!

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2022-01-18(火)

第1回冬のオリンピックが行われたのは、

1924年のフランス、シャモニー。

冬のオリンピックが行われるきっかけはその16年前、

1908年のロンドンオリンピックでした。

ロンドンオリンピックで行われたこと、

何でしょう?

答え:室内スケート場でフィギュアスケートが行われた。

1908年ロンドンオリンピックは冬季オリンピックが生まれる前の、夏季に行われたオリンピック。この大会の直前、ロンドンに、屋内スケートリンクが誕生。冬でなくてもスケートができることに、イギリスのオリンピック委員会が目をつけて、競技に採用した。
これをきっかけに、オリンピックで冬の競技を行うことがたびたび議題にのぼるようになり、ついに、1924年、フランスのシャモニーで、第1回冬季オリンピックが開催された。

▶ちなみに第1回のシャモニー大会は、夏季のパリオリンピックの中の『冬季競技会』という位置づけで開催され、翌年、IOC総会で「第1回冬季オリンピック」として、認定された。
▶第1回大会は日本も参加を予定していたが、前年に起こった関東大震災の被害で、派遣が見送られた。

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2022-01-17(月)

1817年に、柳橋の万八楼(まんぱちろう)という

料亭で行われた、大食い大会。

競った部門は全部で5つ。

菓子の部、飯の部、蕎麦の部、酒の部、

もう一つは何だったでしょう?

答え:うなぎの蒲焼

江戸時代、すさまじい大会の様子や成績ランキングが出版されるとベストセラーになるくらい大人気だった大食い大会。
数ある大会のなかでも特に有名なのが、1817年(文化14年)の大食い&大酒飲み大会。会場は、江戸は両国柳橋の有名料亭「万八楼(まんぱちろう)」。
この時の壮絶な大食いバトルの様子は、『南総里見八犬伝』で有名な曲亭馬琴らが編さんした珍談・奇談集『兎園小説(とえんしょうせつ)』など、多くの文献に記録が残されている。
大会の出場者は約200人で、身分は職人から農民、商人、武士と様々。部門は、菓子の部、飯の部、蕎麦の部、酒の部、そしてうなぎの部。
「うなぎの部」は白米はなく、蒲焼のみを食べ続ける。また、食べた量ではなく食べた金額で競われた。
ちなみに、優勝は、よし野や幾右衛門(53歳)という人物で、うなぎの蒲焼×1両2分。
江戸時代後期、うなぎ店で提供された蒲焼が1皿200文として約150皿。

・うなぎが一般の人に食べられるようになったのは、江戸元禄時代以降。この時期には、うなぎ、どじょう、寿司、天ぷらなど多くの料理の基礎が確立されたが、その中で最も人気の高い料理がうなぎだった。

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2022-01-14(金)

なぞなぞです。

いつもステージの上で、ちょこちょこちょこちょこ

動き回っているこうじくん。

落語もやりますが、なかなか最後まで

話し通すことができません。

何故でしょう?

答え:落ちつかないから

落ちつかないので、落ちがなかなかつかず…

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2022-01-13(木)

計算の問題です。

1時間に6分ずつ遅れていく「こうじくんの時計」

朝9時に正しく時計を合わせたこうじくんは、

お昼の3時に「ももちパレス」集合の約束があります。

約束の10分前には到着しておきたいこうじくん。

目的地には、こうじくんの時計で

何時に着けばよいでしょう?

答え:午後2時15分

「1時間に6分ずつ遅れる」ということは、「10分ごとに1分遅れる」ということ。
ということは、午前9時から到着しておきたい時間、午後2時50分までの5時間50分(350分)の間で、こうじくんの時計は35分遅れる。つまり、到着したい時間、2時50分時点のこうじくんの時計は2時15分となる。

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2022-01-12(水)

クイズ!ふしぎ歴史エピソード

南米の、タテに細長い国、チリ。

第2次世界大戦が始まる前の1973年6月、

チリが日本政府に対して、「買ってほしい」と

打診したものがあります。

日本政府は、結局それを買うことはなく、

今もチリが所有しています。

チリ政府は、何を売ろうとしたでしょう?

答え:イースター島

モアイ像で知られるイースター島は、チリ本土のサンチアゴから3700kmに浮かぶ絶海の孤島。実は1937年6月、チリ政府は軍艦建造の財源捻出のため、日本政府にイースター島売却の打診をしている。

海軍は、
①軍事上の価値はあまりないが、将来的に航空路用地として有益
②産業的には、漁業基地に適している
③アメリカの反対が予想されるので、表向きは漁業用とした方がいい
とした意見を出し、実際に購入が検討された。
しかし、当時の日本は日中戦争(1937年7月~)直前でそれどころではなく、アメリカとの関係も懸念されたことから、イースター島購入の話は立ち消えとなった。

※イースター島近くのサラ・イ・ゴメス島の売却も同時に打診された。
※イースター島のモアイ像は多くが倒れていたが、高松市の建設用クレーン会社タダノが1992年、復元・修復を行うなど、日本とは今も関係が深い。

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2022-01-11(火)

クイズ!オスはつらいよ

メスの体に噛みついてくっつくと、

やがて、メスの体に取り込まれ、

最終的には、生殖機能以外は

何も残らなくなってしまう生き物

何でしょう?

答え:チョウチンアンコウ

水面から200m~800m。光もほとんど届かない、海の深いところに棲むチョウチンアンコウ。
メスは40cmほどだが、オスはたったの4cm。オスは、メスの灯す明かりを頼りにメスを見つけ出す。暗い海の底でメスに出会うのはとても困難で、また、出会っても、はぐれずに泳ぐのは難しい。
そこでオスはメスの体に噛みついてくっつき、メスの体から血液を吸収して、栄養分をもらって暮らす。やがて、泳ぐためのヒレは消え、眼は退化し、内臓もなくなり、精巣のみを残して、完全に同化。オスは、精子を与えるだけの存在として、メスに取り込まれ、この世から消えていくのであった…

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2022-01-10(月)

新成人の多くが生まれた、2001年に立ち上がりました。

現在では325言語の「これ」が開設されていて、

日本は人は、世界で2番目に「これ」を見ています。

これ、何でしょう?

答え:ウィキペディア

2001年1月15日、ウィキペディア英語版が初めて公開された。発足直後から国際化を開始し、ウィキペディア日本語版は2001年5月頃に発足。現在では、1,308,498本の記事が掲載されている(2022年1月10日0:00時点)。日本からウィキペディアにアクセスしている数は、月間10億に上り、30億のアメリカに次いで2位となる(2019年時点)。日本語版の記事を見守る管理者は約40人。運営会社にあたるものは存在せず、ボランティアの管理者がコミュニティを構成し、記事の管理を行っている。
平均して月5000件ものペースで記事が増え続けているウィキペディア。アカウントを取得すれば誰でも編集に参加できる。
ウィキペディアを運営するウィキメディア財団は寄付によって全ての運営費を調達している。コンテンツである記事の編集はすべて無償のボランティアが行うが、サーバー代、プログラム代、人件費、訴訟費用などが運営費で賄われる。その一方でウィキペディアのウェブサイトに広告バナーは登場しない。これは、中立性、独立性、公平性を維持するため。


・記事の右上にゴールドの星印が付いているものは、秀逸な記事と呼ばれるもの。これは、管理者の選考により選ばれる記事で、信憑性が高い記事。現在日本語版では90 本の記事 (0.007%) が秀逸な記事に選ばれている。

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2022-01-07(金)

漢字のなぞなぞです。

「わける」と、物が運べるものになって、

「あかるい」と、固い約束を交わすこと。

「なる」と、いっぱいに積み上げた状態になって、

「つぎ」は、警察に捕まります。

共通する漢字、なーんだ?

答え:皿

「皿」の上に、漢字をつけ足した時の意味。
「分」(わける)に「皿」で、「盆」で物が運べる。
「明」(あかるい)に「皿」で、「盟」ちかう、固い約束を交わす。
「成」(なる)に「皿」で、「盛」積み上げる。
「次」(つぎ)に「皿」で、「盗」ぬすむ。

「皿」がつく漢字は他に、
「般」に「皿」で、「盤」大皿、物をのせる台。
「不」に「皿」で、「盃」さかずき、など…

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2022-01-06(木)

計算問題です。

釣りが趣味で、3gと8gのおもりを

大量に持ってるこうじくん。

このおもりを組み合わせて、

作ることができない重さ。

最大で何gでしょう?

(※例えば、1gや2gはもちろん作れません。
※整数で考えて下さい。※おもりは無限にあります。)

答え:13g
(1つずつ順に確かめても見つかります)

▷3つのパターンに分けて考える
 ①3の倍数、3,6,9,12・・・はすべて作れる。
 ②3で割って2余る数「2,5,8,11,14・・・」は、2と5は作れないが、8は作れる。それより後は、3ずつ増えるので8gに3gのおもりを足せばいいので、作れる。
 ③3で割って1余る数「1,4,7,10,13,16,19・・・」は、8gを2つ使う16は作れる。(それ以降も作れる)それより前は作れない。(1,4,7,10,13)
よって、最大は13g。14g以降はすべて作れる。

▷実はこの問題には公式がある。
 2つの数の積(この場合は3×8=24)から、2つの数の和(この場合は3+8=11)を引くと答えが出る(この場合は、24ー11=13)。
(※但し、「互いに素である」=「最大公約数が1」の場合のみ)
例:11gと15gの場合は11×15ー(11+15)=139

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2022-01-05(水)

クイズ!ふしぎ歴史エピソード

1915年、第一次世界大戦に残る伝説。

イギリス軍の、ケイザル大尉の部隊は水も食料も尽きて絶体絶命。

そこに、ケイザル大尉宛の手紙が届きました。

差出人はあの、ナポレオン・ボナパルト。

その手紙には、弾薬と食料の隠し場所が書かれていて、

部隊は一命を取り留めました。

といっても、ナポレオンは100年以上前の人物。

何故、そんな手紙が届いたのでしょう?

答え:祖先(ひいじいさん)宛の手紙だった

第一次大戦で伝説として伝えられる出来事。トルコ軍やアラブ人に包囲され、絶体絶命のケイザル大尉の元に、ラファイ、という老人がやって来た。彼が持ってきたのは、ナポレオンが、ケイザル大尉に宛てた手紙。

「親愛なるケイザルへ
すぐに埋めてある食料・弾薬を掘り出せ。
必要なだけ取ったら、残りは破棄し、エジプト国境へ撤退せよ。  
ナポレオン・ボナパルト」

指定された場所を掘ると確かに食料・弾薬・水があり、部隊は、ナポレオンの指示通りのルートでエジプトに脱出した。
この手紙、100年前に、若かりし頃のラファイがナポレオンから預かったもの。本来は同じ場所で戦っていた3代前のひいじいさんのケイザル大尉に渡すものだったが渡せず、100年の時を経て、その子孫に渡すことができた。そして、その手紙が部隊を救った。

ナポレオンはかなりの筆まめとして知られ、手紙にまつわるエピソードが沢山残っている。

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