えー...
前回までいろんなシナリオの材料の話をクドクドとしてまして、
「なんか話がむずかしい」
とか言われちゃったので、もう少し柔らかめの話をしようと思います。
この物語は、番組ディレクター(舞台はプロデューサー)の大塚さんが、僕に依頼してきて書いたものなんですけど、
実は頼まれて書き始めるのに、だいぶ時間がかかってます。
最初、大塚さんに呼び出されて、この企画書を読んだ時、僕はそれはそれは丁寧にやさしく
やさしく「これは出来ませんよ、大塚さん」って言いました(やさしいはウソ)。
もちろん書けないって言ったんじゃないですよ。
「日本の箏と中国の古箏のコラボで、箏と箏が会話する悲恋ドラマ」
ってのだけが決まっていて、あとは箏の発祥とその歴史だとか、箏にはどんな種類があるのかっつー資料がどっさりとあるだけだったので、「これだけじゃムリ」と言ったんです。
とりあえず、「企画が通ったら書きます」とだけカルーく言っておきました。
ご飯ごちそうになったし。
(プラス・通るワケないし)
で、大塚さんは、僕のあと、今度はブッチさんを捕まえて企画書を見せたらしいです。
そして僕の時と同じ説明をして、同じようにダメだしを食らったみたいです。
でも、たぶんブッチさんのほうが厳しい言い方だったんじゃないかな。
元々、大塚さんがブッチさんをFMに連れてきたほどの長い付き合いの2人だから。
その後も、僕は大塚さんに何度か呼び出されて、この企画についての説明を受けました。
その度に、僕はそこで美味しいものをご馳走になっている立場でありながら、ナンクセつけてましたね(笑)。
まあ、あれだけ言われても、何度も説明してくるあたり、大塚さんが石に噛り付いてでもコレを作りたいというのは伝わりましたけど。
で、結果―――
案の定、局に提出した企画書は眠ってしまいました。
...ホッとしました。
ところが...
ところがです。
半年ほど経ったある日、電話がかかってきて「企画通ったから書いてよ」って...
その前年にギャラクシーの優秀賞を獲ってたから、ひょんなキッカケであっさりと通ってて...
それも、ありがたいことに、局側の「大丈夫なのか?」との問いに、大塚さん
「阿久根が書きますから大丈夫です」
と言ってくれたみたいで...
(それを僕本人に言うあたりに策略は感じるけど)
...そこから、僕の「書かねばならない」地獄は始まったんですよね。
で、大塚さん、企画が通ってなかった時期、ただ遊んでたワケではなかったようで、
「逢わせたい人がいるから」
と、箏奏者の河原伴子さんを紹介してくれました。
大塚さんが、6月27日の記事で、日本の箏の音楽を大成させた僧侶賢順(けんじゅん)のことについて触れてますけど、河原さんは、その賢順記念全国箏曲コンクールにおいて、1位である「賢順賞」受賞したお方。
僕は、河原さんにお会いした時に、ストーリーなんて全然出来てないのに、また調子のいいこと、もっともらしいことを散々言って、自分の首を絞めたのでした。
ンー...なんか印象的には、僕、凄くイイモノを書けるみたいなことを口走ったような...
そこでは、大塚さんの「この人天才」だとか「この人の書くもの最高」という風な言葉にしっかり乗せられましたね。
まさに、アレを【口車(くちぐるま)】というのだと思います。
まー、僕アホですよ。
かなり重度の。
結局、大塚さんの執念にやられたワケですよ。
あ、そうそう、
舞台『月のしらべと陽のひびき』では、河原さんの生演奏が聴けますよ。
構成も広がり、楽曲もグーンとグレードアップ。
執念の男、大塚和彦が舞台のプロデューサーでございます。
乞うご期待。
作演出 阿久根知昭