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提供:創価学会
FM福岡(土)14:55-15:00
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2018年4月7日「春のセンバツを救った女性」

この春に90回目を迎えて開催された選抜高等学校野球大会、通称センバツは、過去に一度存続の危機がありました。

昭和27年から太平洋戦争のために中断。
戦後になると甲子園球場は連合国軍総司令部:GHQによって接収され、アメリカ軍兵士たちの駐屯基地になったのです。
そこで夏の大会は西宮球場を使って昭和21年に再開しますが、センバツ大会の関係者は甲子園球場で復活することを目標にGHQに直談判に乗り込みます。

対する相手はノーヴィル少佐。
大会関係者は彼にセンバツの歴史を説き、ファンの期待を訴えました。
通訳を務めたのは三宅悦子さん。GHQに雇われていた職員です。
しかしノーヴィル少佐は首を縦に振りません。
それどころか
「全国大会は年1回でいい。夏の大会があるのだからセンバツ大会は廃止にしたまえ」
と言う始末です。

その風向きを変えたのが三宅さん。
通訳を頼まれもしないのに、少佐に向かってやんわりとこう呟いたのです。
「少佐、あなたがそんなに頑張って大会を中止させたら日本人に一生恨まれますよ」
この一言で少佐はちょっと考える振りをして、こう答えました。
「あまり無理は言いたくない。ま、今年限りは認めよう」

昭和22年にセンバツ大会は甲子園で復活。
それからもずっと甲子園で開催されています。