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               5/11「墓前の花束」
              
  
               白いカーネーションの花束を抱えてバスに乗る俊子さん。 
彼女の母は10年ほど前に他界しましたが、生前は花が大好きだった母を偲ぶため、毎年母の日には墓前に花束を手向けることにしているのです。 
隣の席に乗り合わせた小さな女の子が、俊子さんの花束に気づいて「わぁ、奇麗!」と溜息をつき、目をきらきら輝かせて魅入られたようにみつめています。 
「お嬢ちゃんは花が大好きなの?」と俊子さんが語りかけると、大きく頷く女の子。 
その可愛い仕草を微笑ましく見ながら、俊子さんは何か考えごとをしている様子でした。 
やがて俊子さんは或る停留所でバスを下車しますが、降りる間際、「はい。これおばちゃんからのプレゼントよ」と言って、女の子に花束を渡したのです。 
大きく目を見開いて驚く女の子。 
それが見る見る会心の笑顔になっていきました。 
母の墓前に供える大切な花束を、見知らぬ女の子にあげてしまった俊子さん。彼女は思い出していました。 
花が大好きだった母だけど、それ以上に好きだったのは人に花をあげたり送ったりすること。 
「花を見て喜ぶ人の顔が大好き」と言っていたことを思い出したのです。 
さっきのバスの中のことを報告すれば、きっと母は喜んでくれる―― 
そう思って俊子さんは手ぶらで墓地に向かいました。 
              
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