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提供:創価学会
FM福岡(土)14:55-15:00
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2/12「ベテラン飼育員の最後の仕事」

昭和42年、東京・上野動物園でゾウが脱走するという事件がありました。
鉄製の柵を壊して興奮しながら園内を歩くゾウ。逃げ惑う来園者たち。
飼育員が総出で暴れるゾウを取り囲みましたが、どうすることもできません。
パトカーのサイレン。上空を旋回する新聞社のヘリコプター。
その音がまたゾウの神経をいらだたせ、興奮させます。
じりじりと時間だけが過ぎる中、突然、
人垣の中から一人のやせ細った男性が前に進み出てきました。

飼育員たちが驚きの声を上げます。「落合さんだ!」
ベテラン飼育員・落合正吾(しょうご)さん。
長年ゾウの世話をしてきましたが、残念なことに胃癌に冒され、
仕事を辞めて自宅療養していた方です。
頬はこけ、顔色も悪く、体重は36キロにまで落ちていた落合さん。
癌が末期にあることは明らかです。
でも、自分が手塩にかけて育ててきたゾウが迷惑をかけていることを聞いて、
寝間着姿のまま駆けつけたのです。

彼は長年愛用の調教棒を手にすると、病人とは思えない凛とした声で
ゾウの名前を呼びました。
その声に振り向いたゾウの眼がみるみる穏やかになり、
落合さんのそばにすり寄っていったのです。
そしてそのまま落合さんに押されながらゾウ舎に向かって
ゆっくりと歩み出しました。

この事件の一週間後、落合さんは亡くなりました。
以来、ゾウはあの日落合さんがやってきた時間になると、その方向をみつめ、
耳をすましてじっと待つようになったそうです。