7/17「撃墜王の沈黙」
第二次世界大戦中に日本海軍の戦闘機パイロットだった坂井三郎さんは、
200回以上の出撃で64機の敵機を撃墜するという突出した数字が残っています。
ところが坂井さんが、晩年までだれにも話さなかった戦時中のエピソードがあります。
南方戦線でインドネシア上空を飛んでいた彼は、敵国であるオランダ軍の輸送機に遭遇。
このとき、彼には敵機に遭遇した場合には軍用機、民間機の別なく撃墜せよという命令が出ていました。
そこで、攻撃するために輸送機に接近した瞬間、その輸送機の窓の内側に怯えきった女性の顔を見たのです。
坂井さんは一瞬の迷いの後、撃墜するのを止め、輸送機に向かって手を振り、離れていきました。
坂井さんがその事実をずっと隠してきたのは、自分のしたことは人間として正しかったかもしれないが、
軍人としては最低なのでは?と悩み続けていたからです。
ところが戦後50年経って、あの輸送機の中にいたオランダの女性が、
あのとき自分たちを見逃してくれた日本軍のパイロットにお礼を言いたいと、
日本赤十字社を通じて、坂井さんのことを探し出したのです。
50年ぶりに再会した席で女性は、坂井さんの戦闘機が離れていった直後の輸送機の様子を伝えました。
病人、負傷者、老人、女性や子どもたちが一斉に歓声を上げ、抱き合って喜び合ったと。そしてこう続けました。
「輸送機に乗っていた人々は、戦後たくさんの家族を持ちました。
つまり、あなたは、数え切れないほどの命を救ってくれた恩人なのです」
その言葉を聞いて、坂井さんは50年前の自分の行動の正しさを心から信じることができたそうです。
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