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提供:創価学会
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8/23「書きかえられた通信簿」

「嘘も方便」ということわざがありますが、童話作家の小川未明(おがわみめい)は、病気の娘に、やさしい嘘をついたというエピソードがあります。

未明の代表作といえば『赤いろうそくと人魚』。
残した作品は数多く「日本のアンデルセン」とも呼ばれています。
しかし、作家になりたてのころは、とても貧しい暮らしをしていました。
彼には3人の子どもがいましたが、男の子を一人、病気で亡くしています。
一番上の娘は、当時小学5年生。勉強のできる子で、学校の通信簿はいつも「甲」ばかり。
昔の通信簿は、「甲・乙・丙」でつけられていて、甲が一番よい成績です。
「えらいぞ。よくがんばったな」未明は、いつも娘の頭をなでて誉めていました。

ところが、この娘も病気にかかり、一学期の途中からは学校にも通えなくなり、医者からは「もう助からないかもしれない」と告げられてしまいます。
そして、夏休みに入る前、学校の友だちが通信簿を届けにきました。
未明は、娘の通信簿に「乙」が2つあるのを見てはっとしました。
成績が下がったからではありません。
娘がこれを見たらどんなにがっかりするだろう、と思ったからです。
そこで未明は、「先生、私を許してください」と心の中で謝りながら、「乙」の字を消しゴムで消して、その上から「甲」の字に書きかえました。
そして、寝ている娘のところへ持っていき、「お前はすごいなあ。学校を休んでも、ぜんぶ甲がついているぞ」と励ましたのです。
すると娘は、「でもおかしいわね。この字、あとで書き直したみたい」と、にじんだインクを指差します。
「そりゃ先生だって、間違えることはあるさ」と未明は笑いながら答えました。
娘は笑顔で通信簿を抱きしめますが、その後、静かに息を引き取りました。

娘をがっかりさせたくないあまりに書きかえてしまった通信簿。
それでも娘の最期の笑顔を見届けた未明は、心のどこかで安心していたに違いありません。