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提供:創価学会
FM福岡(土)14:55-15:00
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12/9 放送分 「人間のための科学」

ノーベル賞の歴史の中に、ひとつの家族で5つのノーベル賞を手にした例があります。それはキュリー一家。そう、キュリー夫人の家庭です。

マリー・キュリー。彼女は、夫・ピエールとともに放射能の共同研究で1903年にノーベル物理学賞を受賞します。
そして数年後、夫を交通事故で失った悲しみを乗り越えて研究を続け、1911年にはノーベル化学賞を受賞します。
さらに、彼女の娘もまた夫とともに後年ノーベル化学賞を受賞。一族4人で5つのノーベル賞を手にしたのです。
とはいえ、数多くのノーベル受賞者の中でキュリー夫人の名がいまも親しまれているのは、受賞の多さではありません。
彼女は、いつも「人間のための科学」を考え、実践する人だったのです。

彼女はラジウムの発見からすぐに放射線治療の研究に取り組みます。
そしてその研究成果を世界の医療技術のために無償で開放したのです。
また、第一次世界大戦には、彼女は自分で開発したレントゲン装置と発電機をトラックに積み、自らハンドルを握って戦地を回ります。
これによって負傷した多くの兵士が体内に残る銃弾や砲弾の破片の位置を正確に知ることができ、多くの命が救われました。
そんなキュリー夫人は後年、子供たちのために独自の塾を開きますが、その教育方針は、知識よりもむしろ積極的に行動する心、人を思いやる心を育むことだったといわれています。

彼女によって世に広まった放射能。それは使いようによっては未来に不安をもたらすものかもしれないことを感じていました。
だからこそ、医療のために、平和のために科学を利用する人類の良識ある判断を信じていました。
その原点が、人を思いやる心を育む彼女の教育だったのです。