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提供:創価学会
FM福岡(土)14:55-15:00
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2/4放送分 「春一番の語源」

きょうは立春。梅の便りも聞かれる季節の変わり目です。
とはいえ、私たちが体感的に春の訪れを最初に感じるのは、春一番といわれる南寄りの強い風が最初に吹く時ではないでしょうか・・。
今からおよそ150年程昔、安政6年2月13日。
その日は快晴で絶好の出漁日和。玄界灘に浮かぶ島:壱岐の漁師たちは小さな漁船に乗り込んで五島沖に向かいました。
船は順風に恵まれ予定の時間に到着。漁の準備に取りかかりました。
そのとき、一人の漁師が南の水平線に黒い雲が湧き昇るのを発見して「春一(ハルイチ)だ!!」と叫びました。壱岐の漁師たちの間では昔から春先に吹く南からの暴風を「春一」と呼んで恐れていたのです。
この叫びを聞くやいなや、すべての船は仕掛けたばかりの縄を切り捨て、あわてて引き返そうとしました。
ところが、帆を張って手漕ぎで進むだけの当時の漁船。たちまち強烈な風とともに海は荒れ狂い、漁師たちはなすすべもなく、舟もろとも海中に消えていきました。その数53名。漁村の一集落がまるごと壊滅してしまうほどの犠牲者を出してしまったのです。

その後地元では、毎年2月13日はどんなに天候が良くても漁に出ず、犠牲者の冥福を祈って過ごしたそうです。
そしてまた、この悲劇から、春先の強い南風のことが「春一番」という名前で全国に知られるようになったのです。

現在、壱岐の郷ノ浦町の海辺には、春一番の語源発祥の地を示す「春一番の塔」が建っています。3月には「春一番フェスタ」という港祭りも開催。春の訪れを喜ぶお祭りですが、毎年祭りに先立って、春一番の犠牲となった人たちの慰霊碑に花が手向けられています。