6/26放送分 「島はひとつの家族」
以前、玄海灘に浮かぶ島=地の島に行ったことがあります。
1日数便しかない船に乗りそこない、島の小学校の校庭にあるベンチに寝転んで、青い空を眺めながら、聞こえる波の音に耳を澄ませていました。
しばらくすると、校庭の隅の方から、「行けー!行けー!」という子ども達の声。
見ると、数人の小さな子ども達に交じって、照れくさそうにこっちへ近づいてくる青年がひとり。どうやら、子ども達にひやかされながら、私に声をかけようとしているようです。
「どちらから来たんですか?」
「福岡です・・。船に乗り遅れて時間をつぶしているんです・・・。」
その島の青年は、次の船の時間まで、島を案内してくれると言いました。
彼は、島の漁師。その日はたまたま漁が休みで、島の子ども達の面倒を見ていたとか・・。
彼が運転する軽トラックに乗ると、子ども達は、後ろから「わぁー!」と言いながら、徒競走のように追いかけて来ました。子ども達の姿が見えなくなると、島で一番夕陽がきれいなスポットに案内してくれました。「ここにペンションを建てるのが夢・・。」と瞳を輝かせ、一言。
その後、彼の家へ行くと、「ちょっと待って・・。家の中、汚れているから・・。」あわてて隣の家に掃除機を借りに行き、超特急のように、にわかそうじ。もてなす準備の整った部屋で、彼が採った魚介類をご馳走してくれました。
夕方、漁を終えた船が島へ帰ってくると、港にみんな駆け寄り、その日の採れ具合をあれこれ話をしていました。
帰る船の時間が近づくと、港にいた人たちが、「また、いつでも来んしゃい」と見送ってくれました。
真っ赤な夕日をバックにシルエットをつくる地の島は、ひとつの家、そこに住む人たちはひとつの家族のような気がしました。
福岡西方沖地震の時も、玄界島の人たちのもとに、いち早く、あたたかい漁師鍋を運んだのも、彼らでした・・。
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