2021年5月1日のゲストは、小曽根真さんです。
毎回、素敵なゲストをお迎えしてその音世界をアーティスト自らひもといていただくプログラム『SOUND PUREDIO presents 音解《オトトキ》』。
5月は、音解の新作録りおろしインタビューを5週に渡ってお届けします。
その最初にお迎えするゲストは、音解といえばやっぱりこの方、小曽根真さんです。
ジャンルも国境も超えて大活躍を続けるピアニスト小曽根真さん、この3月で還暦を迎えました。
それに合わせて同じく3月に、完全ソロ・ピアノ作品としては13年ぶりとなる『OZONE 60』も発表。
現在の状況下においても前進を続け、ボーダレスに大活躍の小曽根真さん。
今回はそんな小曽根さんをスタジオに迎えて、小曽根真の現在、そして未来の音世界についてじっくりお話を伺います。
お相手は当番組で小曽根真さんといえばもちろん、こはまもとこさんです。
この回をradikoタイムフリーでもう一度聴く! → FM福岡 / FM山口 (radikoタイムフリー、放送後1週間に限り放送エリア内(無料)とプレミアム会員が聞くことができます)。
この日、小曽根真さんがセレクトしてくれたドライビングミュージックはチック・コリアの『What Games Shall We Play Today』。
ジャズの世界に多くの革新を起こし、ジャズの世界にとどまらず多くのファンとアーティストから尊敬を集めてやまない鍵盤奏者。スタジオはチック・コリアさんの爽やかな風のような演奏に包まれていきます。
「『今日は何やって遊ぶ?』って曲なんですよね」と小曽根さん。
実は先日79歳で亡くなったチック・コリアさん。親交も深かった小曽根さんがチック・コリアさんとの思い出を話してくれました。
「今年の2月9日に天使になっちゃいました。急すぎてね。まだ僕、気持ちがついていってないんですけど。
彼、お元気だったら今年80歳になる予定でね。僕は今年60歳なんで二人で「60・80(シックスティー・エイティー)」ってコンサートツアーをやろうって企画もしていて、ホールまで全部押さえて決まっていたんですけどね。ちょっと、これどうすんだよって、今、天に向かって話をしているんですけど」
そう言って少し寂しそうに笑う小曽根さん。
「本当に彼はね、自由なスピリットを持っていて『今日何やって遊ぶ?』っていう感じで音楽をする人ですよ。彼と向かい合うと僕は『さあ、なんか弾かなきゃ』ってまずは思うんですね。その時、彼は『そうじゃないよ遊び。遊び遊び。何して遊ぶ?』といってポロポロってなんか弾き始めるんです。こっちも『え?遊び?じゃあこう?』って。相手の力をふわーっと抜かせて、本当に自由にしてくれるパワーを持っていた人なんですよ」
まさに音楽、音を楽しむって方なんですね。
「まさしくそのとおり。だから世界中に僕のように自由にしてもらった人が、お客さんも含めてたっくさん何百万人といるんじゃないかなって思いますね。本当にね、音楽家だけとしてではなく人間としても、すごくいっぱい教えてもらいました。僕の兄貴、ビッグブラザーって感じでしたね」
そんな小曽根さんも今年60歳を迎えられました。
「ありがとうございます。ちゃんと生きなきゃね(笑)」
還暦を迎えてどういう心境ですか?
「この一年間いろいろあったじゃないですか。還暦を迎えるにあたって、コロナ禍を通ってきたっていうのはね、いろんなことを思い出し、考え直しますね。今回、コロナが全世界を止めてしまった。今、元気でいる僕たちが何ができるんだろうってことすごく考えたんですよね 。
そうして自分が出来る事を考えた時に、結局、やっぱりピアノを弾くことで誰かが喜ぶ、それでいいんじゃない?っていうところにんどん削ぎ落とされていったんですね。
自分が物心ついた頃、チビの僕がピアノを弾くと周りの大人が『上手ね』って喜んでくれて、その後もアメリカに行く前に学費を稼ぐために大阪の心斎橋のスナックでカラオケの伴奏とかしていた時代があったんですけども、そこで酔っぱらいのおじちゃんがいてね。『お前の伴奏で歌うと気持ちがええわ』って言われたのが僕すごく印象に残ってるんですよ」
音楽の喜びを感じた原点なんですね。
「歌いやすいって言ってもらえると、やっぱりすごく嬉しくてね。そしてデビューしてからそこをずっと通ってきて。今こういう状態になって、自宅から配信をさせて頂いた時に、昔みたいに皆さんからリクエストを募ったんですね 。『Fly Me To The Moon』とか、『ボヘミアンラプソディ』まで弾きましたから。あんな長い曲だと思わなかったけど(笑)。
だけど、そういうジャンルを超えて演奏していく。僕はピアノを弾く、誰かが『今日も救われた』っていう言葉をいただく。あ、これだと思って。その気持ちのままレコーディングに入ったのがこのアルバムなんです」
そんな改めて自身の原点とも向き合って制作された今回のアルバム「OZONE 60」。
ジャズとクラシックの両分野で活躍する小曽根さんの魅力を2枚のディスクに集約した作品です。
1枚めが「CLASSICS + IMPROMPTU」。2枚めはシンプルに「SONGS」と題されています。
「『IMPROMPTU』はフランス語で『即興』ていう意味。あえて英語にしなかったんです。それは、僕ボーダレスって言うことをずっと言っていて、そんな思いを込めました」
「ボーダレス」これが今回のアルバムの大きなテーマの一つだといいます。
「クラシックって言うと、譜面通りで即興はジャズみたいなイメージだと思うんですが、昔はみんな即興していたんですよ。バッハとかベートーベンあたりから作品の完成度が高くなってきて、演奏する人と作曲家は分かれてきたんですけど 。だからあえて『IMPROMPTU』=即興って言葉をクラシック側につけて。もう一枚の方は僕のオリジナルでスタイル的にはジャズなんですけど、あえてそこを『オリジナル』とか『ジャズ』って言葉を使わずに『SONGS』ってつけたんです。歌も歌詞もないのに『SONGS』なの。
僕の中では音楽はジャンル分けではないっていうのを、とにかく皆さんにお伝えしたかったんです」
そして、込められているのは先程もお話していただいた改めて思う「ファンへの感謝」です。
「60になってもピアノをプロとしてやらせてもらっているって、これは本当にありがたいの一言しかなくて。『小曽根さんのピアノを聞きたい』って言ってくださる人がいるから初めて僕ら行けるわけでしょ。
そういう意味では、本当に感謝の気持ちを持ってツアーも今回、全国47都道府県は回ろうと思っています。少し時間をかけながらですね。皆さんに感謝をどうやってお伝えするのかっていうのが今回のテーマですね」
こはまさんのこのアルバムの感想は、すべてを的確にまとめているように思います。
「カテゴリーって何なんだろうっていつも思うんです。クラッシックかとジャズとかそんなことではなくて、このアルバムを聞くとそんなジャンルやカテゴリーを超えてラベルの曲だし、プロコフィエフの曲も、途中からとってもキラキラキラキラした、小曽根さんとラベルが一緒に対話しているような感じで、もうクラシックじゃないよね?現代曲?ジャズ?というような。 一方の『SONGS』の方にはクラシックの要素があるような曲もあったりして、色んな要素が一緒になっているなって感じました」
これには小曽根さんも笑顔です。
「そういうふうに感じていただければ、僕はもういつお迎えがきても大丈夫(笑)」
ダメダメ!ダメですよ!
「目指せ『OZONE 100』ですね。よろしくおねがいします(笑)」
さて、ここで現在の小曽根真さんの音世界をさらにひも解くべく、小曽根さん自身に一曲ピックアップしていただきました。
小曽根さんが選んだのは「OZONE 60」の中でもアグレッシブなリズムの上で踊るピアノのスリリングな演奏が印象的な一曲「O’berek(オベレク)」です。
手拍子から始まる曲ですね。
「ヘッドフォンなんかで聞いていらっしゃる方だと気づくかもしれませんが、右チャンネル、左チャンネル、2つの拍手から始まるのですけど、実はこれ右側がヤマハのピアノで、左側が僕の自宅のスタンウェイのピアノで、一人で多重録音しているんですよ」
そんな独創的な趣向が施されているとは驚きです。
そもそも、今回のアルバムではヤマハとスタンウェイ、2台のピアノを使いたいという発想がまずあったようです。
「ヤマハもスタンウェイもどちらも本当に素晴らしい楽器なので両方使いたかったんです。今回、自宅にあるスタンウェイをわざわざ持ちこんだんですね。うちのスタンウェイ、去年53日間、弾き混んだおかげでものすごく良い状態になっていて、調律師さんも絶対使ったほうがいいというので。そして、それだけでは寂しいので、ヤマハさんにお願いして彼らの一番いいピアノも持ってきてもらったんです」
そのピアノの使い分け方も独創的です。
「基本的に考えるとジャズをヤマハで弾いて、クラシックはスタンウェイ。僕もなんとなくそんなふうに考えていたんですけど、曲によってはね、ヤマハの方がいいんです。今回はクラシックをヤマハで弾いていたりするんですよね。その時の直感でこの曲はこっち、こっちの曲はこっちっていう風に贅沢に自由奔放に入れていったんです」
そして、2台の異なるピアノによる一人多重録音に思い至ります。
その試みは想像以上に大変な苦労を強いられたようです。
「ふっと、これ一人二役できないかなあと思いました。この曲はポーランドの文化やミュージシャンたちに捧げるつもりで書いた曲なんですけど。というのも『オベレク』というのは元々ポーランドのダンスなんですね。これをピアノ2台にアレンジして、最初にヤマハを入れて、スタンウェイをあとから入れるっていう。よしやってみようと思って、ちゃんと楽譜を書いて。ジャズの方のCDに入ってるんだけど全部楽譜が書いてあるっていう(笑)。
楽譜に書いてあるからジャズじゃないっていう証明にもなるし、と思ってやってみたんですが、やったらこれが難しかったんですよね。自分で書いた曲なのに弾けないっていう情けない状態になったりして。1テイクとるのに8時間くらいかかりましたよコレ。この曲のためにヘロヘロになりました」
そうやって笑う小曽根さん。今回の難しさについてさらにもう少し踏み込んで説明してくれました。
「多重録音する時にテンポを合わせないといけないんですね。一般的によく使うのは『クリックトラック』って言って、コンピューターの『コンコンコン』てメトロノームをヘッドフォンで聞きながら演奏するんです。ところが、メトロノームを聞きながら演奏すると、完成した作品のようなスピード感は出ないんです。だからメトロノームを入れないで演奏して、その演奏を聞きながら一拍目をちゃんと感じながら。まあミュージシャンはそれができないといけないんですけどね、こぉれが大変で(笑)。もう本当にめんどくさい!なんでこんなことやっちゃったんだろうって思ったんだけど、途中でやめられないから、自分でやりだしたんだしって。
まあ、その日のビールはうまかったですよ(笑)」
ショパンも影響を受けていくつもの名作を残した、故郷であるポーランドの舞曲。「舞曲」というのはその地に息づく人たちの血のようなものを感じる土着の音楽ともいえます。そして「オベレク」も元はそんな音楽のジャンルの呼称のひとつです。
この舞曲の存在は、小曽根さんがショパンを深く理解するキッカケともなったそうです。
「僕、ショパンの音楽ってもともと好きじゃなかったんですよ。ちゃんと弾かなきゃいけないというイメージがすごくあって。実はそうじゃなくて、ショパンっていうのは、ものすごくポーランドという国を愛していて、国家が独立するために彼は活動家でもあったし、しかしそれはポーランドから見ると危ないからって無理矢理フランスに追い出されて。そんな故郷のことをずっと思って書いた『ポロネーズ』とか『マズルカ』とかっていうのは、全てポーランドのスラブ系のダンスミュージックなんですね。
その話を聞いた時に僕、ブルースと同じだと思ったんですよ。
黒人の人達が自分たちの悲しみや苦しみを音楽で表現していくっていう、それをみんなで共有するために音楽があったわけですから。そういう想いを感じた時に『あ、これなら僕もショパン弾けるかも』って思ったんですよ。それまではロココ調のマリーアントワネットみたいな。うーん、ちょっと俺は苦手かなと思っていたんですけど。ポーランドに行ってそれを聞いた時に感じて、その頃にこの曲を書いていたんです」
さらにこの楽曲には世界的に活躍するポーランド出身の著名なジャズシンガーも関わっていました。
「アナ・マリア・ヨペック(Anna Maria Jopek)っていう、僕の大親友のシンガーの人にこれを聴いてもらって題名を決めてもらったんですよ。
『O’berek(オベレク)』というタイトルなんですけど、本当はアポストロフィーの『’』は、入らないんですね。でも彼女が今回は『O’berek』にしたら?って言ってくれて。これはマコトのオリジナルだからと言ってくれて、だからこの曲は彼女が命名してくれたんですね。
おとといの夜もアナ・マリア・ヨペックから電話がかかってきたんです。『マコトー』って言ってきて。こちらから送ったCDが届いたんですね。そしたら、泣きながら『あなたのこんな素晴らしいアルバムにポーランド語が載っていることに、私はどれだけ誇りに思うか。ありがとう、ありがとう、ありがとう』って。やあ、音楽っていうのはそうやって繋げてくれますね」
ポーランドの人にとってショパンってすごく特別ですもんね、と思わず感激の様子のこはまさん。
この楽曲には、小曽根さんの実験精神や音楽的なチャレンジのみならず、自身の音楽の原点、小曽根さんと親交を重ねた世界中のアーティストと、すべての音楽への敬意などさまざまな想いと意味が込められた渾身の一曲であることがよくわかりましたね。
とても濃密な小曽根真さんの音解ですが、今週はこのあたりで時間切れ。
さて、現在、小曽根真さんは、アニバーサリーを記念したソロ公演『小曽根真 60TH BIRTHDAY SOLO OZONE60 CLASSIC×JAZZ』を開催中です。
福岡公演は5月22日(土)『福岡シンフォニーホール』 午後3時開演となっています。
※小曽根真60th Birthday Solo OZONE60 Classic × Jazz | ヨランダオフィス - (外部リンク)
「『O’berek(オベレク)』では、2台のピアノで録音をなさってますけれども、アクロス福岡にはピアノが4台あってスタンウェイ、ベーゼンドルファー、ヤマハ、音色もそれぞれ違って、今回はどのピアノをお弾きになるのかなって」
コンサートへの期待を押さえきれないこはまさんの言葉に、小曽根さん思わず笑顔です。
「実はね今回はもう選んできたんです。内緒で行ってきたんですよ。いい子がいたんですよ。
今日は2台で『O’berek(オベレク)』を弾くのが大変ってお話をしたんですが、2台でむちゃくちゃ大変だったのを、今回はそれを一台でやりますんでコンサートのテーマは『無謀』ですね(笑)」
楽しい小曽根さんのお話ですが、次週も引き続きお迎えして、さらに音世界をひも解いていきましょう。どうぞご期待ください。