FM 福岡 FUKUOKA

2021年1月23日のゲストは、上妻宏光さんです。



毎回、素敵なゲストをお迎えしてその音世界をアーティスト自らひもといていただくプログラム『SOUND PUREDIO presents 音解(おととき)』。

今月は、音解の新作録りおろしインタビューを5週に渡ってお届けしています。

4週目の今回は、「伝統と革新」をテーマに伝統を重んじながらその世界を拡張し続ける三味線演奏家、上妻宏光さんです。

ロックやジャズ、EDMとこれまで様々な音楽へ果敢にチャレンジしてきた上妻宏光さん、ソロデビュー20周年を迎えて昨年、改めて「伝統」と「革新」2つのアルバムを発表しました。

今日はそんな上妻さんとリモートと繋いで、改めて向き合った津軽三味線の原点などについてお話を聞かせていただくことができました。




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まずはいつもの通り、上妻さんが選んだドライビングミュージックから。
上妻さんが選んでくれたのは、懐かしい!ボン・ジョヴィの「Livin' On A Prayer」です。

「この曲はですね。初めて聞いたのが中学生くらい。10代の頃すごくアメリカに憧れがあったので、いつかアメリカに行ったらこの曲をかけながらドライブしたい!っていうのを強く思っていたんですよ」

そういえば、過去の音解では上妻さんが元ロック少年だったというお話もお聞きしましたね。

「そうですね。このころは洋楽のポップスとかロックとかジャズとかも聞くようになってきたんですけど、10代の頃はロックが多かったですかね。ツェッペリンとかレインボー、KISSなんかを聞いてましたね

10代にはすでに三味線を始められていると思うんですが、例えばボンジョヴィに合わせて三味線弾いてみる、なんてこともあったりしました?

「あー、ありましたありました。やっぱり楽器弾けるようになると大好きな曲はちょっと弾きたくなるんですよ。例えばサンタナのギターみたいなグィーッと伸ばしてるような音だと三味線だと『ペン』しか出ないじゃないですか(笑)。音が鳴ってはいないんですけど鳴っているような気持ちで演奏していましたね」

子供の頃からロックや好きな音楽に憧れ、同時に三味線とギターの違いなどもすでに感じつつ。その頃から、上妻音楽の現在のスタイルにつながる原点を感じさせるエピソードでもあります。

そんな上妻さんの最新アルバムは、ご自身の原点である津軽五大民謡に正面から向き合った『TSUGARU』です。

三味線、民謡の重鎮を迎え、日本の伝統芸能「津軽三味線」の技術と魅力を後世へ残すべく完成させたまさに原点回帰の一枚です。

「そうですね。僕がこうやっていろんな形で取り上げていただくのは、現代の音楽と言いますか、古典の音楽とは違うものを聞いていただく機会が多いと思うんです。だけど僕自身はベーシックというか、ずっと昔からある民謡というものもずっと勉強し続けてきています。こういう周年の時というのは自分の足元を見つめるということもありますし、みなさんにもドンと自分の幹、根本をね、みなさんに聞いていただきたいなと。そういうことで、津軽の出身、本場の三味線の先生や謡い手の方とかをゲストに招いたアルバムに仕上げました」

最先端の音楽と果敢に三味線でコラボして新しい地平を切り開いてきた上妻さんですが、同時に津軽三味線の伝統を伝えることを忘れたことはありません。例えば誰もが知る「津軽じょんから節」はデビュー以降つどつど取り上げ、その時々の「じょんから節」をアルバムに残し続けていたりします。

そこには伝えるべき伝統の奥深さと、自分のその時点での積み重ねてきたキャリアや感性をぶつけることで、定点観測のように記録していきたいという意思があるようにも思えます。

「もちろんそういう部分はすごくありますよね。10代、20代、30代でももちろん違うでしょうし。10代の若い頃は勢いがあってパンチ力もあるんですけど、今の年齢になってくるとかえって無駄な力が抜けて音の広がりが表現できたり、メロディーラインだったり音色というものをどう大切に意識しながら弾いていくか、その意識というものがどんどんどんどん年齢とともに変わってきますから、その年代、その年代の演奏というものを残していきたいと常々思っています」

実際に作品にあたると音楽に詳しくない私たちでも、他の楽器以上にそのニュアンスの違いみたいなものがわかるような気がします。津軽三味線というものは自分の年齢やキャリアが音色にはっきり反映するものなのでしょうか?

「そうですね。そこがまたクラシックとはまた違う、津軽三味線に限って言えば譜面があるわけではないですし口伝とか耳コピーで音楽ができていって、即興で演奏していく音楽ですから。やっぱりその年その年のテンポ感であったりフレーズとか。70代、80代の方が演奏すればちょっと枯れたというか渋みのある演奏になったりするんですよね」

そうか。津軽三味線にはもともと楽譜自体ないものなのですね。

「そうなんです。津軽三味線の歴史をたどれば、もともと目の不自由な方が演っていた音楽ですからね」

津軽三味線のいわばストリートミュージックである出自と、その伝統、伝承がより強く演奏の中に息づいているということなのかもしれませんね。

そんな原点回帰の一枚『TSUGARU』には津軽五大民謡の演奏が収められています。津軽五大民謡とは『じょんから節』『よされ節』『小原節』『あいや節』『三下り』の5つですが、上妻さん個人としてはその中でも『よされ節』に特に思い入れがあるといいます。

「三味線の全国大会に出場する方というのはほとんどが『じょんから節』を演奏するんですね。とても派手でフレーズがつくりやすいんです。僕も『じょんから』で一度優勝を取りたいなと思ってきたわけですけど、皆さんその曲だけ練習するので『じょんから節』だけうまくなってレベルがあがるんですよ。だけど五大民謡の他の曲はあまりやっていないという方が結構多かったんですね。そういう流れをちょっと変えてみたいなと。僕は『じょんから節』で優勝した後に『よされ節』という曲を演奏して。その当時『じょんから節』以外で優勝する方って誰も居なかったんですよ。そんな流れを変えたいという思いで演奏して、結果優勝できたっていうすごい思い出のある曲なんですよ」

めちゃめちゃかっこいいお話ですね。

「僕は津軽三味線の反対のものとか、激しかったら静かな曲をつくったりとか、みんながやらない逆のことを結構今までやってきたんですよね。その最初のきっかけは多分この『よされ節』なんですよ」

なんと!そこにも上妻さんの原点があるということなんですね。

「そうなんですよ。そうなんです」
ディスプレイの向こうで満面の笑みの上妻さん。

そういう意味でもこの『TSUGARU』は「伝統と革新」を追求し、華やかな「革新」の数々で注目を集め続けてきた今、改めて「伝統」に真正面から取り組んでみせる非常に重要な作品とも言えそうです。

そんな津軽三味線の伝承への思いと感謝が詰まった原点回帰のアルバム『TSUGARU』と同じ3月4日に発売されたのがもう一つのアルバム、矢野顕子さんとのコラボユニット『やのとあがつま』の1Stアルバム『Asteroid and Butterfly』です。

今回はその中から一曲選んでいただいて、さらに深くお話をうかがいました。
選んでくれたのはこちらも古くから伝わる民謡『おてもやん』です。

ただ『TSUGARU』とは全く違うアプローチ。日本文化特有の“間” を持つ民謡を、矢野顕子さんと上妻宏光さんのフィルターを通して「MUSIC」へと昇華させたアルバムからの1曲ですね。

「そうですね、僕はデビューから『伝統と革新』というテーマでやってきて、今回『TSUGARU』は伝統、『Asteroid and Butterfly』は革新という形でアルバム発売させていただきました。

民謡というのは日本の独特の一拍とか二拍でできているんですけども、この「おてもやん」もそうですけども矢野顕子さんの語りというかラップというか、民謡を題材にしているけども民謡とはまた一味違うリズムや構成の面白さがありますね。この曲、2コーラス目が突然英語になるんですね。私が『英語の訳はどういう意味なんですかね?』って矢野さんに聞いたら、『んー、おてもやんとはゼンゼン関係ないの』って。おてもやんとは全然関係ないことを歌っているんだけども一つになれてしまう音楽の素晴らしさ(笑)

思わず大笑いしてしまいましたが、そんなふうにこの曲はお二人の異なる才能がぶつかり合って融合する凄みも感じられる「やのとあがつま」の真骨頂とも言える一曲でもあります。

矢野顕子さんらしい浮遊感あふれつつほとばしる才気はいかにも矢野顕子節、それは2番でいきなり英語になり、まるでそれがきっかけのようにそれまで控えめに幽玄に後ろで支えていた上妻さんの三味線がやにわに疾走をはじめ、矢野さんの歌と上妻さんの三味線が絡みつくように走り出す様は、今までに聞いたことのない興奮を味わえます。

矢野さんと自分だからこそできたような世界観かなとも思うんですけどね。民謡の同じリフレイン、繰り返すフレーズ、というものをわざと変拍子にしてその中で民謡のメロディーを奏でていくという今までにない『おてもやん』というものができたかなと思います」

トリッキーな構成の中でも、生かされる三味線の音色の素晴らしさ。それは矢野顕子さんと上妻宏光さんの揺るぎないそれぞれの音楽があればこそと思えます。
西洋楽器と和楽器、洋楽と邦楽のリズムなど私達が思う以上に存在する根本的な違いを乗り越えるトライアルを、ずっと重ねてきた上妻さんだからこそなし得た成果なのかもしれません。

「音の使われ方としては民謡のペンタトニック、五音階がだいたい使われているんですけども、そこからわざと音は同じでもリズムとかグルーヴですよね、世界各国の色んなジャンルの音楽の基本はリズム、グルーブと思っているので、そんなグルーヴと民謡らしさのメロディがうまく融合できた、民謡を知らない方でも楽しんでもらえる一曲になったんじゃないかなと思ってます」

民謡の中でももっともポピュラーな存在とも言える「おてもやん」は古今東西のあらゆるジャンルのアーティストがそれぞれの音楽で扱ってきていますが、この曲はそのどれともまったく似ていないオリジナリティに溢れていますね。

「矢野さんが似てるのが嫌いなんで」

上妻さんもそうでしょう?

「ま、そうですけど(笑)」

そんなお二人がタッグを組むとこういう曲になるんだという、衝撃的な一曲に仕上がっていますね。

さて、ソロ20周年を経てもなおその「伝統と革新」の道は途切れることなく、邁進し続けている上妻宏光さんですが、それはステージの上でも。
こちらも異色の組み合わせでお届けする能舞音楽劇『義経記』の福岡での上演がまもなくです。

能舞音楽劇『義経記』
2月11日(木・祝) 『福岡・大野城まどかぴあ 大ホール』
上妻宏光デーモン閣下(脚本と朗読、歌)、山井綱雄( 金春流能楽師)


「お能のほうで源義経の物語を演ずる演目があるんですけど、それを能楽師の山井さんに能を舞っていただいて、朗読を閣下、そして僕がその朗読に音楽をつけるという舞台なんですよね。もう年数としても随分やっていますね」

すでに多くの方が舞台を体験してネットなどでの感想も見かけますが、みなさん一様に感激したという意見が多いんですね。

「この物語の最後に、歌う曲があるんです。曲を僕がつくって作詞を山井さんがつけて閣下が歌っているんですが、これがね、また泣かせる歌なんですよ閣下が。舞台の最後にこの歌が来るとやっぱり感動しちゃうんですよね」

今日ご紹介したさまざまな活動とも、また違う表現ですよね。

「これは手応えを感じますね。多くの方に見ていただきたいですし、昔の日本の良さをこの物語から感じ取ることができるし、今に通じるところを感じていただけると思います

インタビューを終えて「ホントに皆さんにお話ししたいことがまだまだあって時間が足りない」と笑う上妻さん。

6歳から始めた津軽三味線。天才少年として頭角を現し、様々な音楽と世界を津軽三味線片手に切り開いてきた上妻さん。日本のトッププレイヤーとして、あとに続く人々のために歩みを一旦止めて、今再び腰を落ち着けて伝統と向き合う。

...そんな風にも想像していたのですが、やはりまったく違っていました。

過去も未来もいっぺんに見据えながら縦横無尽の大活躍。よりパワフルな上妻さんのお話を聞いてこんな今だからこそたくさんの元気を頂いたような気がします。

これからの上妻宏光さんにも注目ですね。
上妻さん、ありがとうございました。



上妻宏光 Official Web Site - (外部リンク)