FM 福岡 FUKUOKA

2021年5月8日のゲストは、小曽根真さんです。



毎回、素敵なゲストをお迎えしてその音世界をアーティスト自らひもといていただくプログラム『SOUND PUREDIO presents 音解《オトトキ》』。

5月は、音解の新作録りおろしインタビューを5週に渡ってお届けします。

今週のゲストは先週に引き続きピアニスト、小曽根真さん
この3月に還暦を迎えて、完全ソロ・ピアノ作品としては13年ぶりとなる『OZONE 60』もリリース

先週はこのアルバムと2つのテーマ、「ボーダレス」と「感謝」を中心にお話ししていただきました。

久しぶりに小曽根さんをお迎えして、この間、世界中を襲ったコロナ禍とその影響は小曽根さんの活動や考え方にも大きな影響を与え、そして改めてよりシンプルで前向きな変化をもたらしたことがよくわかりました。

今週はそんなアルバムのお話はもちろん、このコロナ禍で行った配信ライブの話など、現在の小曽根真さんについてより深いお話を聞くことができました。

お相手は今週もこはまもとこさんです。


この回をradikoタイムフリーでもう一度聴く! → FM福岡 / FM山口

(radikoタイムフリー、放送後1週間に限り放送エリア内(無料)とプレミアム会員が聞くことができます)。


今週は先週も話題になった、昨年4月9日~5月31日の53夜に渡って毎日約1時間配信されたライブ「Welcome to Our Living Room」のお話から。

この配信ライブ、小曽根さんにとっても考えを新たにする大きな契機となった経験だったようです。

「昨年、僕らは皆さんに何か恩返しをしたくて、自宅から無料のライブストリーミングを行ったんですね。ちょうどコンサートが全部キャンセルになっちゃったんで、じゃあ今だ!ってことで妻の三鈴(俳優の神野三鈴さん)と始めたんです。どっちも舞台に立つ人間なんで、こんな時こそみなさんの役に立とうって始めたんですけど、なかなか止められなくて、結局53日間やらせていただいたんです。

自分達はもともと恩返しするつもりで始めたんですけど、皆さんから来るコメントがあまりにも素晴らしくて逆にこちらが癒されちゃったんですよね

この配信では、リアルタイムに多くの反応が寄せられ、小曽根さんは今まで以上にファンとのつながりを実感することとなりました。

「『これで明日も生きようと思いました』とか、『あー間に合った』とかね。配信はアーカイブで残るんだけど、やっぱり生で見たいっていう。そんなコメントに、ああ何かお役に立てたんだって思いましたね。毎日4、5千人の方が集まってきてくれたんですが、やっぱり同じ瞬間を一緒に共有してるってこと、繋がっているってことがどれだけ俺たちにとって大事なことなのかってこととか、色んなことを思い出させてもらったんです。

だから結局、皆さんのコメントにこちらが恩をいっぱい頂いて、今はその恩をどうやって返そうかっていうことが我々夫婦の課題になりましたね」

ご自宅のリビングから、ロックダウンや外出自粛要請を受けている世界中の人々、医療従事者やエッセンシャルワーカーに向けて連日配信するというこのチャレンジは、結果、2台のピアノをコンサートホールに持ち込んで制作された13年ぶりのソロピアノアルバム『OZONE 60』にもより良い影響を与えたようです。

「生まれて初めてヘッドフォンをしないレコーディングをしたんですね。普通スタジオに入ると音がデッド(反響がほぼない環境)なのでリバーブなんかをかけるんだけど、良いホールでやるとヘッドフォンをする必要がないんですね。自分はただ本当にコンサートで弾いているつもりで素晴らしい音に包まれながら演奏したので、今までにないくらい肩の力が抜けた音が出てると思います。レコーディングするぞ!っていう音じゃないんですよね。

しかも53日間の皆さんと繋がってる感がそのまま体に残っているので、自分で言うのもおかしいんですけど、今までのレコーディングの中で一番優しい音がしていると思います」

そうやってできあがった新しいアルバム。そしてそれは、アルバムを携えてのコンサートへと続いていきます。

改めてファンへの想いが募る中、今まで数多く行ってきたコンサートも、再開以降はまた新たな発見がありそうですね。

拍手っていうのもね、一つの音楽なんですね。

僕、今回すごく実感したんですね。ずっと自分の中で思いを馳せている拍手と、わーっとくる拍手と、もうまさに音楽なんですね。こんなに拍手の音って違ったっけっていうくらい。みなさんの思ってることが拍手っていう音で届けられる。ステージにいる僕と皆さんとの本当の心の通い合いというかですね。それがここのところのコンサートでもすごく起こっていて。

しかも今回のコンサートは一人なので自由奔放に弾けるじゃないですか。だから演奏もお客さんがパートナーのように、皆さんから来るエネルギーを感じながら、『そろそろここで元気なとこにいってみようか?』とか、『ちょっとここでびっくりさせたい』『ここは間が欲しいなあ』とか。皆さんと同じ音楽の旅をしてる感じがすごくあるんですね。

今回、例えばこのCDを聞いてコンサートに来る方は、あ、ゼンゼンCDと違う!ということがもう大前提だと思って来ていただけるとすごく楽しいと思います」

そして、ここでも繰り返し語られるのは「感謝」の思いです。

「今、サイン会とかはなかなかできないんですけど、会場で『小曽根さん、今日は素晴らしかったです』って伝えてくださる方がいらっしゃると『いや本当にありがとうございます、でもそんな風に感じてくださる感性が実は一番大切なんですよ』って僕、いつもお返ししていたんですけどね。なぜならこの世のものとも思えない美味しいものを出されても、美味しいと思う感性が無ければ成立しないんですよね。だからひっくり返せば、ヤだなと思うのも感性なんですけども。

とにかく聞いて、何かを感じてくださる、それだけで本当にありがたい。僕らはそのチャンスをもらっているので、精一杯、皆さんに感じてもらえる音とエネルギーをステージから届けたいなと思っています」

ここでアルバム「OZONE 60」から一曲、小曽根さんに選んでいただきました。

プロコフィエフ、円熟期の傑作のひとつであり難曲としても知られる「ピアノ・ソナタ 第7番 変ロ長調 作品83 戦争ソナタ 第3楽章 」です。

小曽根さんはそんなクラシックの名曲を自在なアドリブを交えながら、よりダイナミックな作品として仕上げました。

「本当にカッコいい。まるでロックですね」とこはまさん。

「カッコいいでしょ。ダッダッダッダッダッダ...止まらないんですよね。
でも実は、最初はアドリブするつもりじゃなくて譜面通りにこの曲を弾こうと思っていたんですよね。アドリブする場所がないんで。

でも良いテイクを録りたくて、調子に乗って一日13回も弾いたら手が結構ヘロヘロになっちゃって。そいで無理言って2日目の14テイクでちょっとアドリブを弾いてみると、あ、これイケるかもと思って、15テイク目でこれになったんです。結局アドリブ弾いちゃったみたいな」

そもそもクラシックにアドリブを入れるということ自体が馴染みがないというか。
ここはアドリブいけるかも、というのはどういう感覚なんでしょう。

「おもしろいですね。それは曲が落ちないとアドリブってできないんですよ」

曲が落ちない?

「自分の中で、曲の物語が(自分の中に)落ちてこないと自由奔放に演奏することはできないんですよ。

たとえば、(なにかの番組で)僕がゲストコメンテーターで出演して 、小曽根さんどうですか?ってコメントを振られても話の内容をわかってないとコメントできないじゃないですか。それと全く同じなんですよ。

上っ面で『こうですよね』なんて言ったら、観てる方に『バカじゃないの』って思われちゃう。

クラシックの曲にアドリブを入れる時に、例えば音楽的に、このコードとこのリズムだったらこういうことできるよねっていうのはいくらでもできるんですよ。だけどそれをやると安っぽくなる。全然わかってないなって違和感があるんですね。

曲が落ちてきた中で、その曲の世界観がしっかりわかってくると、こういうこともできるかな、ああいうこともできるかなってアイディアが出てきちゃうんですね。アイディアが出てこない即興をやると本当にダサくなる。今回も13回も馬鹿みたいに弾いたから入ってきたんですよ(笑)」

ここまでいろいろなお話を伺った上で解釈すると、音楽のジャンルを問わずその本質を理解して、一旦自分のものとしてから向かい合えば、必然的にアドリブを加えるポイントもフレーズも見えてくるということでしょうか。

「無理にアドリブして変えることはないんですけど、聞こえてきたらやる。すると生き生きしたものになる。それは楽しいですよね。真実だから

小曽根真さんにはさらにこのアルバムから一曲ピックアップしていただいて、楽曲を解説していただきます。

選んでいただいたのは「For Someone」
アルバム「OZONE 60」の最後を飾るナンバーですが、福岡に住む皆さんもよくご存知の意外な方の名前が出てきました。

「これはね、アフガニスタンで倒れられた中村哲さんというお医者様がずっとおっしゃっていた『For Someone』=『誰かのために』っていう言葉なんです。

昨年、演出家の栗山民也さんが、読売演劇大賞を受賞された時に、壇上で一言『僕も中村さんの言葉を借りますけども、これからも誰かのために演劇を作り続けていきます』っておっしゃったのにすごい感激しちゃって。

僕、53日間の自宅からの配信の時に、普段は絶対とらないリクエストに応えてね、毎日弾き続けたわけですよ。その間に昔、アメリカに行くために大阪の心斎橋のスナックでカラオケの伴奏してた頃に『ピアノの音がデカイからもっと下げろ!』って怒鳴られながらピアノ弾いていたこととかいろいろ思い出してね。

いろいろ辛い思いをしながら弾いてたなぁ。でもそんな時にもね、必ずだれかが聞いて下さってて、『あのピアノいいね』って喜んでくれたりして。

今までは自分の音楽を作らなきゃ!とかアイデンティティとは、とかアーティストとして作っていかなきゃいけないこと、作りたいことを目標にやってきたんですけどね。なんか今、60歳になって思った、もっとシンプルに自分がピアノ弾く、誰かが、ああ、幸せと思う。それでいいじゃんって気持ちに中村哲先生の言葉がオーバーラップしたんですね」

こんな状況の今だからこそ「誰かのために」というメッセージが深く小曽根さんの心を動かしたというわけですね。

「で、この『For Someone』なんですけどね。
作曲する時に、今までは起承転結っていうか提示部があって2回ぐらい繰り返してサビでちょっと盛り上がって、最後は『結』の部分ですよね。あ、ワンコーラス聞いたっていうカタルシスはすごく僕には大事なものだったんですけど。しかし、今回はあえてそうじゃなくて。

テーマがあって、それが展開していく、でもうまくいかない。よし、もう一回テーマに戻ろう。違うところに展開していく。うーん結果は思ったほど何かすっきりしない。よしもっかい戻ろう。で、またテーマを弾く。それで、違う所まで展開して、結果、最後まで行くんですけどスコーンと抜けないんですよ。で、(そこで軌道修正して)いつも抜けそうな方に行っちゃうんですけど、今回はそこまで行くと作曲をやめちゃうんですね。自分自身に『またそこに行くの?あんたはサービス精神旺盛だね』って言いながらね。で、そのまま置いといて一月ぐらいたって改めて。という作曲の仕方をしたんですよ。繰り返し繰り返し作り直して」

経験やテクニックで効率よく上手に作るのではなく、ひたすら自分の心地よい場所を探すように何度も何度も戻ってトライアルする。結果、途中で保留したままの未完成な作品が次々に残っていきます。

「この曲やっぱり未完成だったなと振り返っていた時に、ちょっと待て、これ続けて弾いてみたらどうだろうって思って、今まで書いた未完成の作品を三つ続けて弾いたらこの曲になったんですよ」

 そう言って苦笑いする小曽根さん。

「僕がやっているミュージシャンっていうのは旅したりとか、コンサートで拍手をいただいたりとか非日常が日常で、すごく皆さんからエネルギーを頂いている恵まれた生活をしてます。だけども、普通の会社員の方のように会社に行く、帰ってくる、子供とお風呂に入る、晩御飯食べる、寝る、そして次の朝っていうルーティンワークをずっと続けていくっていうことが大切だってことを、僕はなんか今回の53日間の配信中に感じたんです。

で、家内のお母さんが言ってくれたことで『毎日繰り返してるとね、同じ景色を見てるように思うかもしれないけど、人生は螺旋階段なんだから、同じ景色が見えてても昨日よりは1センチぐらい高いとこから見てるのよ』って。『こうやって積み重ねて行く時間ってすごく大事で強い大切なものなんだよ』と言われた事があって」

なんて素敵なお母さんの言葉。しかし、小曽根さんにとって今回の53日間の配信ライブがとても大きな転機になったことがよくわかるお話でもありますね。

それは今回のアルバム制作にも反映されていて、繰り返すこと、積み重ねること、単調に見えて実はそのひとつひとつがかけがえのないものであることを改めて実感したということ。そして、そのひとつひとつはまた次へのチャンスに繋がる。そんな気づきが今まで以上に、肩の力をすっと抜いてくれたのかもしれませんね。

「このコロナの状況だから、『Gotta Be Happy』先週の曲ですけど『元気になろうよ』っていうのも良いんだけど、一方で『いいじゃん、そんな無理に元気になんなくったって』っていうのもすごく大事なんだっていう風に思って。そういう曲を書けないかなと思ってたら、今までやったことのない形で曲が出来上がってきたんです。そんな思いを含めて聞いてほしいですね。時々あるじゃない、元気は大事だけど今はほっといてって」

ありますあります。

「でしょ。
何か結果を出さなきゃ。でも出なかったってしょうがないじゃん、やることやったんだよ。それはちゃんと消化して、また次に行くっていう日常の積み重ねがすごく大事。

それは自分自身にも言っていて。毎日秒針を見ていると、わかりにくいけど一秒一秒動いていて、ちゃんと積み重なっていっている。なかなか大切なものは見えないけど確かにあるっていうことを称え合えるような、そういう曲を書きたいなと思ってたら、この曲を神様から頂いた感じでしたね」

そう言ってにっこりほほ笑む小曽根さん。

過去、登場いただいた際に聞かせてくれた、世界を飛び回り、各国の一流アーティストと交流を深めつつワールドワイドな活躍をする小曽根真さんのお話も素敵ですが、改めて自分の足元を見つめ直し、一人のピアニストとして客席のひとりひとりと向き合いコミュニケーションを図りたいと願う姿には、このコロナ禍でさらに精神的にも音楽家としても自由を手に入れた清々しさのようなものさえ感じられました。

そんな小曽根真さんのコンサートツアー、もちろん福岡でも予定されています。


小曽根真60th Birthday Solo OZONE60 Classic × Jazz

2021年 5月 22日(土)  14:00開場/15:00開演
 会場: 福岡シンフォニーホール  

※詳しくはヨランダオフィス(外部リンク)にて、ご確認ください。


福岡のファンの方とまた会場で会えることについてはどう思われますか?

「これは本当に嬉しいですね。

今回も飛行機で羽田から飛んできたんですけども、福岡空港に向かって下降してくると海が見えてくるじゃないですか。あの見慣れた景色を見た時にね、なんか目頭が熱くなったんですよ(笑)。それぐらい、ああ僕、福岡にこんな想いがあったんだっていう。必ず年に1回2回、訪れて、コンサートだけではなくお友達もいますけど、自分とってもね、育った町って気がすごくあるんですよ。こんなにも思いが自分にあったんだなあって場所に戻ってきて、大切なコンサートの時間を皆さんと共有できることは本当に幸せです」



2週に渡ってお届けした小曽根真さんの音解、いかがだったでしょうか。

今回もざっくばらんに、始終笑顔を絶やすことなく興味深いお話を次々にしてくれた小曽根真さん。

大きな節目を迎えて、さらに新たな音楽への向き合い方を手に入れた小曽根さんのステージ。ぜひ目の前で観てみたい。この状況下、無事開催され多くのファンとの出会いが叶いますようにと願ってやみません。

最後に小曽根真さんから皆さんにメッセージです。

「とにかく今はStay Safeですよね。お元気で気をつけて、とにかくもうちょっと。僕、思ってるんですよ、あんまり楽天的ではアレですけどね、頑張りましょう一緒に。『 無理しないで。』これかな。無理はしないで頑張ろうっていうことかもしれないですね。皆さんお元気で!」


小曽根真 Makoto Ozone Official Website - (外部リンク)