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遺伝子治療の可能性を広げる「HSVアンプリコンベクター」の高効率産生技術を開発
国立研究開発法人産業技術総合研究所
ポイント
・ 安全性に配慮した大容量遺伝子搭載能力を持つウイルスベクター「HSVアンプリコンベクター」の新たな製造技術を開発
・ HSVゲノムを染色体外DNAとして長期安定的に保持しつつ、増殖可能なベクター産生細胞株を構築し、従来法と比較して100倍以上という高い産生効率を達成
・ 大型遺伝子や複数遺伝子に起因する遺伝子治療法の開発を加速
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202609155901-O1-at95Vh4P】
概 要
国立研究開発法人産業技術総合研究所(以下「産総研」という)細胞分子工学研究部門 前田 史雄 主任研究員らと、国立研究開発法人国立がん研究センター研究所 プロテオーム解析部門 足達 俊吾 部門長は共同で、単純ヘルペスウイルス(Herpes Simplex Virus, HSV)アンプリコンベクターの高効率産生技術「EASY-HSV」を開発しました。
ウイルスベクターは、ウイルスが遺伝子を細胞へ運ぶ能力を利用し、治療用遺伝子を目的細胞へ送り込むことが可能で、遺伝子疾患の治療に用いられています。HSVアンプリコンベクターはレンチウイルスベクターやアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターなど他のウイルスベクターでは搭載しきれない巨大な遺伝子や複数遺伝子を運ぶことができるため、複雑な遺伝子治療やゲノム編集ツールの一括送達を可能とするプラットフォームとして注目されています。しかし、培養細胞からウイルスベクターを得る「ベクター産生」に必要なHSVゲノムが巨大であるため細胞への導入効率が極めて低く、研究室レベルでの少量産生はできても産業向けの大量製造が困難であったことから、臨床応用には至っていません。
本研究では、HSVゲノムを細胞内に染色体外DNAとして安定的に保持したまま増殖可能なHEK293細胞株の樹立に成功し、この細胞株を用いたベクター産生技術「EASY-HSV(Efficient And Simple high-Yield Herpes Simplex Virus)ベクターシステム」を開発しました。従来法では導入効率が低い巨大HSVゲノムがすでに保持された細胞株を用いるため、細胞あたりのベクター産生量(産生効率)は従来法の約100倍に向上しました。本成果は、HSVアンプリコンベクターの大量製造を可能にし、将来的な臨床応用や新たな遺伝子治療法の開発を加速する重要な基盤技術となりうるものです。
なお、この技術の詳細は、2026年8月31日に「Molecular Therapy Advances」にオンライン掲載されました。
下線部は【用語解説】参照
研究の社会的背景
先天性の遺伝子異常によって生じる希少疾患の多くは現在でも有効な治療法が存在しません。こうした疾患では、病気の原因となる遺伝子異常が明確であることから、根本的な治療を目指して、正常な遺伝子を細胞へ届けて失われた機能を補う遺伝子治療が期待されています。
遺伝子治療では、正常な遺伝子を細胞へ届ける1つの方法として、「ウイルスベクター」と呼ばれる遺伝子運搬体が用いられます。ウイルスは、自身の遺伝子を効率よく細胞内に送り込む能力を持っており、ウイルスベクターはその仕組みを利用して治療用遺伝子を目的の細胞へ届けます。近年では、脊髄性筋萎縮症などに対する遺伝子治療薬が実用化されています。一方で、現在実用化されているウイルスベクターにはいくつか課題があります。搭載できる遺伝子サイズが小さいため巨大な遺伝子を運ぶのが難しいこと、ウイルスに対する免疫が獲得されることで再投与時の遺伝子発現が著しく抑制されるなどの課題があります。さらに染色体への遺伝子挿入に伴うがん化のために安全上の懸念があることなどから、適用できる疾患はまだ限定的です。
こうした課題を解決すると期待されているのがHSVアンプリコンベクターです。HSVアンプリコンベクターは、ヒト最大の遺伝子であるジストロフィンを10コピー以上搭載できる、最大15万塩基対(150 kb)という遺伝子積載容量を有し、これまで治療対象とすることが難しかった大型の遺伝子が関与する疾患に適用可能です。また、HSV は免疫回避能が高く、反復投与した場合においても遺伝子発現が期待できることから、長期的な反復投与が必要となる慢性疾患、がん治療などにも応用できる可能性があります。
研究の経緯
従来のHSVアンプリコンベクター産生法では、ベクター産生に必要なHSVゲノムの調製に高コストかつ煩雑な工程を要するうえ、収量も低いという課題がありました。また、HSVゲノムは約150 kbと極めて巨大であるため、ベクター産生時にゲノムを産生細胞へ導入することが難しく、医薬品製造プロセスの開発において大きな障壁となっていました。このため、HSVアンプリコンベクターは優れた特性を有しながらも、実用化や普及が進んでいませんでした。
産総研ではこれまでHSVアンプリコンベクターを利用した遺伝子導入技術や遺伝子治療への応用研究を進めてきました。今回、国立がん研究センターと共同でHSVアンプリコンベクターの高効率な産生を可能にする新たな製造基盤の開発に取り組みました。
なお、本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構の委託事業「大学発医療系スタートアップ支援プログラム(シーズS2)」(2026~2027年度)による支援を受けています。また、本研究はJSPS科研費JP24K21113、JP22H02225、JP25K03224の助成を受けたものです。
研究の内容
今回、研究チームはHSVゲノムを核内に安定的に保持できるHEK293細胞(293/HSV細胞)を樹立しました。細胞株樹立においては、導入されたHSVゲノム由来の遺伝子が発現することによる細胞毒性と導入されたHSVゲノムの細胞分裂に伴う減少という2つの課題がありました。HSVゲノムからHSV遺伝子群の発現制御を担うICP0、ICP27等を除くとともに、エプスタイン・バーウイルス(EBV)由来の自動複製機構を組み込みました。EBV自動複製機構により染色体に結合された染色体外DNAも染色体複製時に複製されることが知られています。これにより、HSV遺伝子発現によって細胞死が引き起こされることがなく、また、HSVゲノムが細胞分裂後も失われにくくなり、細胞内で安定的に維持されることを確認しました(図1)。
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さらに、この293/HSV細胞に目的遺伝子とHSVゲノムから除いた遺伝子発現制御遺伝子であるICP0遺伝子を搭載したプラスミドとICP27遺伝子を搭載した補助プラスミドの2種類のみを導入することで、HSV遺伝子群の発現が開始され、HSVアンプリコンベクターが産生される新しい産生法を構築しました。研究チームはこの方法を「EASY-HSV(Efficient And Simple high-Yield HSV)システム」と名付けました。
従来法ではHSVゲノムDNAの大量調製、細胞への導入が必要でしたが、EASY-HSVシステムではこれらの工程が不要になります。あらかじめHSVゲノムを保持した293/HSV細胞を利用するため、研究者は目的遺伝子を搭載したプラスミドを導入するだけでベクターを産生することが可能です。EASY-HSVシステムの産生効率を検証した結果、従来法と比較してベクター産生量が約100倍に向上することが分かりました(図2)。
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また、高価な導入試薬(Lipofectamine 2000, 3000)を用いなくても、安価なポリエチレンイミン(PEI)を利用して高力価のベクターを作製できることを確認しました(図3)。
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さらに、HSVゲノムが誤ってウイルス粒子に取り込まれた場合、感染細胞に悪影響を及ぼす危険性があるため、HSVゲノム封入リスクを評価しました。HEK293細胞に保持させたHSVゲノムには赤色蛍光タンパク質(RFP)遺伝子が組み込まれているため、HSVゲノムがウイルス粒子に封入されている場合には、HSVアンプリコンベクター溶液を添加された細胞においてRFPの蛍光が検出されると考えられます。実験の結果、RFPの蛍光を示す細胞は検出されませんでした。この結果から、HSVゲノムがウイルス粒子に封入される可能性は極めて低いことが示唆されました(図4)。
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以上の結果は、EASY-HSVシステムがHSVアンプリコンベクターの産生工程を大幅に簡略化するとともに、高効率かつ低コストなベクター産生を可能にする実用化に資する基盤技術であることを示しています。
今後の予定
今後は、EASY-HSVシステムのさらなる高効率化と低コスト化を進め、より多くの研究者が利用できる技術基盤として整備していきます。また、HSVアンプリコンベクターの大容量遺伝子搭載能力を活かせる疾患領域の探索を進め、本技術を利用した遺伝子治療薬の実用化を目指します。
論文情報
掲載誌:Molecular Therapy Advances
論文タイトル:Development of the “EASY-HSV (Efficient And Simple high-Yield Herpes Simplex Virus) system” based on HSV-1 genome-maintaining 293 cells
著者:Fumio Maeda, Moeka Nobe, Kenichiro Imai, Shungo Adachi and Tohru Natsume
DOI:https://doi.org/10.1016/j.omta.2026.201829
用語解説
単純ヘルペスウイルス(Herpes simplex virus, HSV)アンプリコンベクター
HSVの粒子を利用して目的遺伝子(DNA)を細胞へ運ぶ遺伝子導入ベクター。ベクター自身はほとんどウイルス遺伝子を持たないため病原性を示さず、高い安全性と約150 kbの大容量遺伝子搭載能を併せ持つ。
ウイルスベクター
ウイルスの中に目的の遺伝子を積載しており、ウイルスが遺伝子を細胞へ運ぶ能力を利用することで治療用遺伝子を目的細胞へ送り込むことが可能。
レンチウイルスベクター
積載された遺伝子を感染した細胞の染色体に挿入する形式のRNAウイルスベクターで、最大積載容量は10 kb程。
アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクター
HSVアンプリコンベクターと同様、DNAを運ぶウイルスベクター。毒性が低いと考えられていたこともあり、AAVベクターを利用した多くの臨床試験が進んできたが、積載遺伝子容量は4.7 kbと小さく、HSVベクターの1/30程であるため、搭載できる遺伝子が制限される点が特徴。
HSVゲノム
約150 kbのDNAで、HSVゲノム自身を複製する酵素やHSVの粒子を構成するタンパク質の遺伝子等がコードされている。HSVゲノムを細胞に導入するとHSV遺伝子が発現し、HSVが産生される。
kb(キロベース)
DNAやRNAの長さを表す単位で、1 kb = 1,000塩基(base)を意味する。遺伝子やDNA断片の大きさを示す際によく用いられる。
プレスリリースURL
https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2026/pr20260916/pr20260916.html





プレスリリースURL
https://kyodonewsprwire.jp/release/202609155901
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