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まだ言われていないのに、もう見ている

早稲田大学

―日本語と英語で異なる脳の予測メカニズムを視線計測で解明―

まだ言われていないのに、もう見ている
日本語と英語で異なる脳の予測メカニズムを視線計測で解明―

【表:https://kyodonewsprwire.jp/prwfile/release/M102172/202603085261/_prw_PT1fl_1c7T5g6Y.png

 

 人の目の動きには、脳内で行われている言語処理が反映されています。脳は文を最後まで読んだり聞いたりしてから意味を理解するのではなく、途中の段階から次に来る意味や構造を予測しながら理解しています。早稲田大学国際学術院の中村 智栄(なかむら ちえ)准教授、マサチューセッツ工科大学の Suzanne Flynn 教授、大阪大学の宮本陽一(みやもと よういち)教授、宮城学院女子大学の遊佐典昭(ゆさ のりあき)教授の研究グループは、日本語と英語という語順や文構造が大きく異なる言語を対象に、英語母語話者と第二言語として英語を学ぶ日本語母語話者を比較し、視線計測を用いてその過程を分析しました(図1)。「どこでリジーは蝶々を捕まえたと言いましたか?」のように、出来事の場所が「言った場所」なのか「捕まえた場所」なのかが曖昧になる文は、日本語と英語の両方で作ることができます。このような構造的曖昧性をもつ文を用いた実験の結果、言語が違えば予測のタイミングや特定の解釈への傾き方も異なることが明らかになりました。さらに、第二言語理解においては、母語の処理がそのまま適用されるのではなく、言語に合わせて脳の予測の働き方も変わることが示されました。

本研究は2026年3月4日に「Frontiers in Language Sciences」に掲載されました。

論文名:Lexical vs. structural cue use in L2 prediction: Filler–gap parsing ability shapes learners’ information use

 

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202603085261-O2-6Ebw5Si7

(図1)視線計測を用いた実験

 

(1)これまでの研究で分かっていたこと 

初期の人間の文理解研究では、聞き手や読み手は文全体が与えられてから文の意味を理解すると考えられており、個々の語が入力されている途中では解釈は確定しない想定されていました。その後の研究の発展により、人は文の終わりを待つのではなく、一語ずつ順番に入力される語の情報に応じて解釈を更新しながら理解を進めることが明らかになりました。すなわち、理解は語の入力に伴い逐次的に構築されるプロセスであると考えられるようになりました。さらに近年の研究では,理解は単に入力に応じて更新されるだけではなく,まだ実際には与えられていない語や意味までも事前に活性化していることが示されています。聞き手は文脈や語の意味,世界知識など幅広い情報を利用し,これから入力される情報を先取りして予測しながら理解を進めていると考えられています。これは「予測処理」と呼ばれ,言語と脳の研究における重要なテーマとなっています。しかしながら,多くの研究は主に英語など限られた言語を対象として行われてきました。そのため,語順や文構造が大きく異なる言語でも同様の予測の仕組みが働いているのかは十分に検証されていませんでした。また,第二言語として外国語を理解する場合に,母語の処理の仕方がどのように影響するのかも明らかではありませんでした。

つまり、「人は予測している」ということは分かっていましたが、「言語や習熟度が異なると予測はどう変わるのか」という問いには、十分な答えが与えられていませんでした。

 

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと、そのために新しく開発した手法

 本研究では、「言語や習熟度が違えば予測の仕組みも変わるのか」という問いに答えることを目的としました。視線計測を用いた「visual world paradigm(ビジュアル・ワールド・パラダイム)※1」という実験手法を用いて、参加者が複数の絵を見ながら文を聞き、その間の視線の動きをミリ秒単位で計測しました。視線の移動は、脳内でどの解釈に注意が向いているかを反映しています。

日本語と英語という語順や文構造が大きく異なる言語を対象に、英語母語話者、日本語母語話者、さらに第二言語として英語を学ぶ学習者を比較しました。その結果、英語では比較的早い段階で一つの解釈に視線が集中する傾向が見られました(図2上)。一方、日本語では予測のタイミングや解釈への傾き方が異なることが明らかになりました。さらに、日本語を母語とし英語を第二言語として学習する参加者は、母語の処理をそのまま用いるのではなく、英語の構造に応じて予測の仕組みを調整していました(図2下)。また,この調整の程度は英語の文構造を処理する能力と関連しており,能力が高い学習者ほど,最終的な理解の正確さだけでなく,リアルタイムの予測のしかたが母語話者に近づくことが示されました。

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202603085261-O3-66MSjM70

 

(図2)音声を聞いている際の視線の時間的推移。赤線と青線はそれぞれ異なる解釈に対応する絵への注視割合(参加者がどれくらい見ていたか)を示す。ここで MC picture (青線)は主節(「言った」出来事)の場所を表す絵、EC picture (赤線)は従属節(「捕まえた」出来事)の場所を表す絵を示す。上:英語母語話者は早い段階で一つの解釈に視線が集中する傾向があった/下:日本語母語の英語学習者は英語の構造に応じて予測の仕組みを調整していた

 

本研究の新規性は、文の構造が大きく異なる英語と日本語の間で、予測が生じる「タイミング」と「強さ」をリアルタイムで比較した点にあります。音声の進行に伴う視線の変化を1000分の1秒単位で精密部分析することで、脳内で進行する言語処理を時間的に可視化し、言語構造の違いが予測の働き方そのものに影響することを実証しました。

 

(3)研究の波及効果や社会的影響(バイリンガル研究と言語理解の計算モデル研究への貢献)

本研究は、言語が異なれば予測の仕組みも変化することを実証的に示しました。母語と第二言語で同じ仕組みが使われるのではなく、言語構造に応じて処理が調整されることを示した点は、バイリンガルが二つの言語をどのように脳内で処理しているのかを理解する上で重要な基礎資料となり、バイリンガル研究に新たな視点を提供します。

また、本研究は、人間がどのように未来を予測しながら情報を処理しているのかという、認知科学の根本的な問いにも関わります。言語構造が予測のタイミングや強さに影響することを明らかにしたことで、人間の予測メカニズムをより精緻に記述する枠組みの構築につながります。

さらに、言語理解における予測の働き方を時間的に可視化した本研究の成果は、人間の言語処理を模倣するAIモデルの設計や評価においても、理論的な示唆を与える可能性があります。

 

(4)課題、今後の展望

本研究は、日本語と英語という文構造の大きく異なる言語を比較し、予測のタイミングや強さに違いがあることを示しました。しかし、今回の対象は限られた言語と構文に基づくものであり、すべての言語や文構造に同じ傾向が当てはまるとは限りません。今後は、他の言語や多様な構文を対象とした検証が必要です。

また、視線データは脳内処理を反映する重要な指標ですが、それ自体が直接的に神経活動を示すものではありません。将来的には、脳活動計測との統合的な研究によって、予測メカニズムの神経基盤をより明確にすることが期待されます。

さらに、本研究で明らかになった言語ごとの予測の違いを理論的に説明する枠組みの精緻化も重要な課題です。言語構造の違いがどのように処理戦略の選択に関わるのかを体系的に明らかにすることで、言語理解の一般原理の解明につながると考えられます。

本研究の結果は,外国語学習において語彙や文法知識の習得だけでなく,文をリアルタイムでどのように理解していくかという処理過程そのものが重要である可能性を示しています。学習者は単に知識を増やすだけでなく,言語に応じた予測のしかたを身につけていくと考えられます。今後,このような処理の適応を促す学習方法の検討が進めば,外国語理解の困難さの要因を新たな観点から捉え直し,より効果的な学習支援につながることが期待されます。

 

(5)研究者のコメント

私たちは普段、言葉を当たり前のように理解しています。しかし、その背後では脳が瞬時に予測を行い、複雑な計算を続けています。AIや大規模言語モデルの研究が急速に進む一方で、人間の脳がどのように言語を予測し処理しているのかは、なお多くの点が未解明です。本研究は、言語の違いが予測の仕組みに影響すること、さらに同じ一人の脳の中でも、使う言語によって予測の働き方が変化することを示しました。人間の言語理解の複雑さと柔軟性を、基礎研究を通して丁寧に解き明かしていきたいと考えています。

 

(6)用語解説

※1  visual world paradigm(ビジュアル・ワールド・パラダイム)

複数の絵を見ながら音声文を聞いてもらい、その間の視線の動きを測定する実験手法。どの絵に視線が向かうかによって、脳内でどの解釈が選択されつつあるのかを推定できる。文がまだ最後まで発せられていなくても、視線は「次に来る意味」に先回りして動くことがある。視線のわずかな変化を時間の流れに沿って分析することで、脳内で進行するリアルタイムの言語理解の過程を可視化する。言語科学および認知科学の分野で国際的に広く用いられている実験方法である。

 

(7)論文情報

雑誌名:Frontiers in Language Sciences

論文名:Lexical vs. structural cue use in L2 prediction: Filler–gap parsing ability shapes learners’ information use

執筆者名(所属機関名):中村智栄*(早稲田大学)、Suzanne Flynn(マサチューセッツ工科大学)、宮本陽一(大阪大学)、遊佐典明(宮城学院女子大学)

掲載日:2026年3月4日

掲載URL:https://doi.org/10.3389/flang.2026.1756463

*筆頭著者

 

(8)研究助成(外部資金による助成を受けた研究実施の場合)

研究費名:国際共同研究強化(B) JSPS KAKENHI Grant Number 21KK0006

研究課題名:第二言語学習者の予測的音声情報理解:視覚世界パラダイムによる検証

研究代表者名(所属機関名):中村智栄(早稲田大学)

 

研究費名:研究拠点事業形成事業 JPJSCCA20210001

研究課題名:自然言語の構造と獲得メカニズムの理解に向けた研究拠点形成

研究代表者名(所属機関名):宮本陽一(大阪大学)




プレスリリースURL

https://kyodonewsprwire.jp/release/202603085261

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