昨年8月に『全国茶品評会』で、日本一の『農林水産大臣賞』を受賞した日本茶専門店『新緑園』の代表、黒木信吾さん。大学卒業後、地元TV局に5年間勤務した後、父親が営む『新緑園』に入社。それから二十数年、マイナーな宮崎茶の知名度を向上させようと尽力してきたという。
「宮崎茶は品質が良く、生産量も実は全国4位でありながら、一昔前までは全国的に有名な静岡茶、宇治茶、八女茶などの茶処にブレンド茶として出荷されていたんですよ。そうすると最終的な商品となってお客様の手に届く時には、宮崎の名前が消えてしまうじゃないですか。私はそれが悔しくて」。宮崎の茶は製造過程も他所の産地とは違い、例えば収穫前の茶葉に黒いビニールシートを被せる期間が短いのだが、それは見た目より味を優先させた結果だという。
「お茶は飲むモノであって見るモノではありませんからね。そんなとにかく美味しいモノをと生産された宮崎のお茶を、もっと多くの人に知ってもらいたいという想いがあるんですよ」。そうして黒木さんは、全国各地の物産展などで宮崎茶を紹介する傍ら、『全国茶品評会』を宮崎で開催しようと行政や同業の仲間たちと会議を重ね、遂に昨年、念願の開催にこぎつけたという。
「その前年の京都大会に初めて『新緑園』のお茶を出品したんですが、そこで全国2位を受賞することができたんですよ。それは本当に嬉しい出来事だったんですが、宮崎で開催される次の年は、もちろん1位を目指そうと。行政やJA、地域の方、そしてスタッフの皆も一生懸命、バックアップしてくれたんですよね。ですから日本一の連絡が入った時には本当に嬉しくて。裁判で勝訴の紙を掲げるのと同じようにスタッフに日本一の結果を報せたのですが、皆号泣していましたよ」。しかし、黒木さんはそんな日本一の結果は、決して“こだわり”から生まれた訳ではないという。
「私は“こだわり”という言葉が、あまり好きではないんですよ。お茶屋として一番美味しいモノを目指すという姿勢は、“こだわり”というより“当たり前”のことだと思うんですよね。お茶が商品となるまでは、畑での生産から加工、製造まで、本当に何段階も工程があるんですよ。ですから各工程を仮に90%で仕上げたとしても、90%×90%と掛け算していくと、最終的にはすぐに60%位になってしまうんです。そうするとお客様の手に届く時には、かなり品質の悪いお茶になってしまいますよね。ですから各工程でパーフェクトを目指して仕事をするというのは、“こだわり”ではなく、“当たり前”のことだと思っています」。それは逆にいうと、当たり前にこだわった工程を一つひとつ積み重ねていくと、最終的に100%を超えるお茶を生み出すことも不可能ではないということになる。そんなこだわりなんて当たり前だと喝破する黒木さんの仕事から生まれたお茶は、含んだ瞬間、日本一の味と呼べるふくよかな余韻を口一杯に残す。
「私は『細部に神が宿る』という言葉が大好きなんですよ。一つ一つ細かくやっていくと、それが色んな人に伝わったり、物事がうまくいったり、何か幸せになったりするんじゃないかな〜とイメージしていますけどね。雑にはあんまりしたくないというか。部屋は散らかっていますけどね(笑)」。そんな黒木さんは、ただ美味しいお茶を製造するだけでなく、日本茶の魅力を伝える活動にも取り組んでいるという。
「ライフスタイルの変化から、現在は昔ほど急須で入れたお茶をゆっくりと飲むということが少なくなりましたよね。それはライフスタイルに合わせたお茶の楽しみ方を提案してこなかった、お茶屋の責任でもあると思うんですよ。ですから私はお茶を単なる飲料として捉えずに、緑茶の文化や歴史、楽しみ方や美味しさの奥深さなど、これからも出来る限りのことをお伝えしようと思っています」。その『新緑園』のお茶は、時に喜びに花を添えるモノであり、時に悲しみを癒すモノであり。そんな人生の様々な場面に寄り添う、人生を豊かに彩る力をもっていた。
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