明治時代から続く老舗印章店『相馬印ばん店』の五代目、相馬宗典さん。中心から八方に力強く流れる『八方篆書体(はっぽうてんしょたい)』と呼ばれる文字を用い、『印章(印鑑やハンコと呼ばれるモノの正式名称)』を製作。今もパソコンの文字に頼ることなく、手書きすることによって、唯一無二の印影の美を生み出す。
「実印などの『印章』というのは持ち主の分身です。一度、『印章』を押してしまえば、いくら本人が違うと発言しても、その物証の方が法的には強いんですよね。他人が押そうが本人が押そうが、持ち主の責任となるのが『印章』です。それ程、一生自分と同じ権力を持つモノですから、そこはやはり既成のパソコンの文字を使うのではなく、店主の手書きの文字で、キチンとバランスを取りながら作っていきたいというのが、自分の気持ちなんですよ」。相馬さんは入れる文字の画数と、文字が縁に接する数を足して吉数となるように、縁起も意識しながら『印章』を作るという。そんな気持ちを大事にする相馬さんの『印章』は、もちろん手彫りで作られている。
「文字を自分で書きますよね。それを寸分違わずに作ってくれるモノはロボットなんですよ。手彫りも極めていくとロボットと同じようになるんですよね。ですから、実は私は機械を完全には否定しません。ただ『印章』作りで一番大切な文字を書く部分から、パソコンなどの機械の力を借りるのはいかがなモノかと。それでも私は手彫りの方が好きなんですけどね」。そんな相馬さんが魂を込めて書く文字は、明治時代から綿々と受け継がれてきたモノではないという。
「よくいう『相馬流』などという文字は『相馬印ばん店』にはありません。確かにウチの店には明治時代から続く伝統がありますが、伝統の本質は精神だと思うんですよ。例えば料理の世界では『伝統の味』という言葉がよく使われますが、絶対に昔の味とまったく一緒ではないと思うんですよ。人間の味覚や嗜好が変化する中で、江戸時代に美味しいといわれたモノが、現代人にとっても必ず美味しいとは限らないですからね。ですから受け継ぐべきは、料理やモノを作る人の想いや気持ちなどの精神であって、それを受け継いだ者は現代に合わせた感性で、現代を生きなければならないと思います」。
相馬さんが受け継いだのは先代の文字ではなく、先代が文字に込めた想いだという。だからこそ相馬さんは先代と『印章』を作る手法や行程が違っても気に留めることはないと笑う。何故なら『相馬印ばん店』の伝統である『印章』を作る精神は違わないのだから。
「私は美しい文字を書く為に書道をしていますが、私の師匠などは書道をまったくしていないんですよね。師匠は文字の事象を絵として捉えて、曲線などを頭にインプットしてから文字を書くんです。ですから筆を持たせて、筆で書いてとお願いしても書けないと思いますよ」。どんなに技術があろうとも決して奢らず、常に客の立場にたち『印章』を製作する相馬さん。そんな相馬さんの座右の銘は『和して流せず(人と協調はするが、信念を失い流されることがないの意)』という言葉だった。
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