宮崎県都城市で、獣医として活躍しながら、鹿児島に「アベル黒豚牧場」という名の鹿児島黒豚の牧場を経営する松浦榮次さん。アベル黒豚とは、松浦さんが長年その選別と育種に情熱を傾けてきた豚の品種だが、鹿児島黒豚の中でも最高の味と肉質を誇ると評判だ。そして、その高い品質が維持されている背景には、「幼い頃に父親を亡くし、母親が豚を飼う事によって、一生懸命、自分と兄を育ててくれた」と言う松浦さんの豚へ感謝の気持ちが込められていた。「豚は死にたくて死ぬんじゃないじゃないですか。それは、自分達が生きる為やとか、食べる為やとかいい訳を幾らした所で、豚にとっては殺される事ですからね」。そんな松浦さんは、牧場の従業員にお願いしている事があるそうだ。「殺される豚にとってはね、いい訳にしか過ぎないけど、とにかく生きている間は、出来るだけ豚が安寧に楽しく過ごせるようにって言う事をお願いしています。それは暑くないように寒くないように、湿度が高くないように臭くないようにっていう事ですから、無駄な抗生物質とかの薬も使わなくていい環境になりますよね。とにかく豚が安心して暮らせる空間作ってくれとお願いしています」。精肉となって販売されている肉しか見る機会がないと忘れそうになる。子供の頃から教わってきた、「いただきます」の気持ち…。忘れてはならない食べ物への感謝の気持ちを、匠はあらためて思い出させてくれる。「自分を養ってくれて、自分の奥さんと子供も養ってくれて、学校にもやってくれてるのは、豚が死んでくれて叶う事なんですよね。だから、そこに感謝しないと無理だと思うんです。気持ちって言うのは絶対に大事ですよね」。そんな松浦さんの気持ちが生み出したアベル黒豚。しかし、その本当の魅力は、食というものに対する松浦さんの考え方でもあった。「安心と言うのは作られるものでしょ。絶対的なものは安全ですよね。何となく自然の中で飼えば安全って言うのが、それは絶対的に危険だし、錯覚なんですよね。だから、安心は捨てて安全を目指すと言う事を行っています」。松浦さんの安全の考える安全とは、「安全とはですね、科学的な根拠があるものです。肉を調べて、抗生物質が本当に入っていないとか、科学的なものが入ってないとか、そういうものですよね。やっぱり科学的な根拠を問われた時にキチッと提供出来る。それがすごく大事だと思うんです」。安心ではなく安全に育てられたアベル黒豚。安全が当たり前の食の世界において、今の世の中、匠の言葉の持つ意味はとても大きい。
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