匠の蔵~words of meister~の放送

ラ・カーサ・ディ・ナオ【イタリア料理店 福岡】 匠:石橋尚幸さん
2016年08月20日(土)オンエア
福岡市浄水通の閑静な住宅街の一角に店を構えるイタリア料理店『ラ・カーサ・ディ・ナオ』のオーナーシェフ、石橋尚幸さん。
日本に石窯焼ピッツァを広めた第一人者としても知られる石橋さんは、スイスとイタリアの日本大使館総料理長を経て、帰国後、『タント・タント』『MANO MAGIO』『ラ・マニーナ』など、数多くの有名イタリア料理店をプロデュース。現在は、“地域に根ざした大人の為のリストランテ”を標榜する自らの店で、イタリアの食文化の豊かさを日本に伝える傍ら、シェフの育成にも尽力する。
「僕は大阪の調理学校を卒業後、老舗の西欧料理店『アラスカ』に就職したのですが、そこで4年程働いた頃、次期ニューヨークの国連大使との呼び声の高いスイスの日本大使の面接を受けて、スイスに渡ることになりました。当時の僕はアメリカンドリームを夢見ていましたから、その大使についていけば、いずれアメリカに渡れると思ったんですよね」。そのスイスで、大使を始め国賓級の客を相手に、フレンチを始めとする西洋料理のみならず、和食の技術も磨いてきた石橋さんは、その後、イタリアの日本大使館を立て直す為にスイスを離れることになった大使に同行。それぞれの地域で、それぞれの料理が味わえるイタリアの食文化の豊かさに衝撃を受けたという。
「イタリア料理と言うのは地方料理の集合体を指す言葉で、イタリアにはイタリア料理というモノがありません。ローマ、ナポリ、フィレンツェ、トスカーナと、それぞれ文化的な背景が違う地域に、それぞれ独自の料理があるんですよ。芸術のみならず、食ひとつをとっても多彩な魅力を誇る、そんなイタリアは本当に凄い国だと思いましたね」。やがて日本大使館総料理長の仕事を終え、イタリアのホテルに就職が決まっていたという石橋さんだが、「日本で自分のやりたい仕事をするのが一番」だという大使の勧めで帰国。現在はイタリアで過ごしたローマの料理をベースとしたメニューで、客をもてなしているという。
「ローマ料理といえばカルボナーラのパスタが有名ですが、本場のカルボナーラには生クリームを使いません。しかし僕の店では日本人の舌に合う、生クリームを使ったカルボナーラも提供しています。『これが本場のカルボナーラだから』と、自己満足の料理をお客様に押し付けるのは良くないですからね。若いシェフにも『マスターベーションの料理は絶対に作るな』と言い聞かせています」。そんな石橋さんは店に入ってきた客の顔を見ただけで、今日は何を食べたがっているのかを理解し、その客に合わせた料理を提供できるのが究極の料理人だという。
「僕もそのようになりたいと日々、勉強しているのですが、どうも今の世の中には、こんな良い材料を使って、こんな手の込んだ技法で作っているのだから、コレを食べろ!というようなお店が多いような気がするんですよ。僕もよく素材や技法のこだわりを聞かれるのだが、そもそも素材や技法にこだわらない料理人は終わりですからね」。そうして変幻自在に、自分が提供したい料理ではなく、常に客が求める料理を提供し続ける石橋さんは、『アッピアシェーレ』というイタリア語が大好きだという。
「これはアナタに合わせて、“お好きな材料で、お好きなモノを作りますよ”という意味にもなる言葉なんですよ。僕たちの料理人の本分は、どういう形で、どういう料理をお客様にお出しすれば一番喜ばれるかを考えることですよね。例えば、お客様から『カレーライスを下さい』と言われた時に、『ウチはイタリア料理店ですから、カレーライスはありません』と断るのか、それともスパイスを駆使して、カレーライス風のイタリア料理をお出しするのか。僕はもちろん後者でありたいと思っています」。
そんな石橋さんの客への想いは、多くのファンの舌のみならず、その心も満たしていた。
「若いシェフには『気持ちを込めた料理を作りなさい。料理を作業のように作るな』と、口を酸っぱくして言っています。毎日、大勢のお客様を相手に、そのすべての料理に気持ちを込めるのは難しいことなのですが、一生懸命に作ったら、必ずそのシェフの気持ちが料理に込もるんですよ。ですから『アナタの気持ちをお皿に込めて下さい』と。例えば同じパスタでも、10年選手のシェフがいい加減に作るより、1年選手のシェフが一生懸命に作った方が、絶対に美味しいんですよ。これは本当です。ですから難しいかも知れませんが、気持ちを込めて料理を作らないと、僕はお客様の心に伝わらないと思っています」。卓越した技術を持ちながらも、気持ちは技術を凌駕すると、そんな何よりも気持ちを大事に紡ぐ石橋さんの料理は、まるで母親の味のように、多くの人々の心に温かな記憶を刻んでいた。
「料理は芸術ではないんですよね。そこを勘違いしてはいけません。芸術は形が残るモノですが、料理は食べ終わった後に、気持ちしか残りませんからね。ですから心を込めて作らないと、お客様の心に残る料理なんか絶対にできないということですね」。そんな石橋さんの座右の銘は『3つ味』という言葉だという。
「これは先味=店の雰囲気、中味=味とサービス、後味=料金と満足度を指す3つの言葉を表現したモノです。これが常に正三角形であるように。どこかが飛びぬけて、二等辺三角形になっては、絶対にダメなんですよ」。今後は、「いつか世界中を旅して、世界中のB級グルメを日本に広めたい」と夢を語る石橋さん。一流の腕をもちながらもB級にこだわる理由には、「一部のお金持ちだけではなく、一番大勢の人々が楽しめる、一番たくさんの人々が幸せになれる料理がB級ですからね」という、その料理同様、何とも優しい石橋さんの気持ちが込められていた。

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