昔ながらの店が軒を連ね、昭和の風情が今も残されている中州の人形小路にある創業24年の老舗寿司屋「車寿司」の大将・下川忠俊さん。素材を活かし、シンプルながらも繊細な仕事がされた下川さんの握る寿司は、長嶋茂雄・巨人軍名誉監督からも愛され、店には長嶋氏専用の背番号3番が刻まれた椅子を置く。「どうしても寿司屋は敷居の高いイメージがありますが、一人前で頼むなど、食べ方を知っていれば、決して高いものではありません。昔は上司が若い人に寿司の食べ方を教えていたものですが、今はそういう事もなくなりましたからね。若い人も勉強して、もっと寿司を楽しんで欲しいですね」。そんな下川さんは、「寿司は形式ばかりを考えて食べても美味しくありません。口に合わなかったら残してもいいし、その前に言って頂ければ別のネタに変える事も出来ます」と、格式を重んじたり客にあれやこれやと強制したりする事を嫌う。「甲殻類が嫌いな人、貝類が嫌いな人もいらっしゃいますので、それで残されても仕様がないと思っています。自分の舌に合わない寿司を食べても満足感がないし、美味しくないですからね。私は自分に舌に合うものが本当の料理と思っていますので、その人が食べて美味しかったら、それが料理なんです。アルコールも出さないという寿司屋さんもありますがナンセンスですよね。やはり刺身などは飲みながら食べたら美味しいですからね。好きに食べて、それでストレスが晴れて、『ああ美味しいなあ』と思って頂いた方が、私は嬉しいですね」。客側の視点に立って、楽しんで貰う事、くつろいで貰う事がおもてなしだと考える下川さん。しかし、その寿司はシャリの温度まで計算され、ネタも入念な下準備がされている。寿司の匠はもてなしの匠でもあった。
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