承応3年(1654年)、日本黄檗宗の開祖・隠元禅師によって、長崎に伝えられたと言われる胡麻豆腐。その老舗製造元として、長崎市内を南下した野母崎の突端・脇岬町にある「ごまどうふの観月」の主人・吉田啓穂さんは、「胡麻豆腐は、デンプン粉水胡麻というシンプルな素材で造られるからこそ、胡麻の味が胡麻豆腐の出来に大きく影響するんです。ですから、原材料には一番こだわっています」と言う。そんな厳選した素材のみで造る観月名物の胡麻豆腐は、従来の胡麻豆腐にはない甘さと胡麻の風味から、『ごまプリン』とも呼ばれ、多くの人に愛されているそうだ。確かにその独特のモチモチ感と、わらび餅のような食感、さらに卓袱料理に代表される長崎ならではの甘い味付けは、デザートとして味わっても申し分ない。「代々続いて来た商売を転換し、胡麻豆腐造りを始めた当初は、1日30丁程度しか売れませんでした。でも家族で手間暇を惜しまず手作業で胡麻豆腐を造り続けてきた結果、今ではインターネットの注文販売なども増えて、1日1000丁程製造しております」と、苦労の上に今を築いた吉田さん。しかし、「これ以上、店を大きくする事は考えていません。やはり自分の生まれ育ったこの場所で、ある歌にもあったように、ナンバーワンではなくオンリーワンでやって行くのが私の信条です」と言う。「田舎におりますと魚は手に入りますし、野菜も米も手に入りますし、都会の方で言う貨幣経済と言うのとは、若干ズレがあるんですよね。毎日、小さなお金でゆとりのある生活をしています。ですから、目標を大きく持たずに自分の歩幅に合わせた商売というのを心掛けています」。水や土の付いた新鮮なモノが溢れ、それをあげたり、もらったり…。そんな本当の豊かさに囲まれた環境の中で、胡麻豆腐は丁寧に作られる。世知辛いなどといった事とは無縁の世界で…。「やはり今振り返ってみますと、一つの仕事に専念出来て、それで生活が出来る事が、一番のありがたい事だな〜という風に考えております。ですから、これからも毎日を自然体で、ありがとうの気持ちを込めて、胡麻豆腐を造り続けて行きたいと思っています」。
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