うなぎの養殖が全国一盛んな鹿児島で、昭和7年から営業を続ける老舗うなぎ専門店「うなぎの末よし」の奥山博哉さん。天文館の中心に店を構え、地元の人間であれば誰もが一度は食べたことがあるという名物の蒲焼は、作家の椋鳩十が“末よしや日本一のうなぎ食う”との色紙を残したことでも知られている。「椋鳩十先生も愛してくれた蒲焼は、大隅産のうなぎを使い、独自のタレと備長炭で焼き上げているのですが、大隅産のうなぎは、鹿児島特有のシラス台地の湧き水で育まれているので、高品質として知られているんです。以前、鹿児島県産うなぎの産地偽装問題が話題となりましたが、ウチはその大隅産のうなぎを問屋を通さずに生産業者から直接仕入れています。そうすることで消費者に安心・安全も提供しています」。110席もの規模を誇りながら、「蒲焼とご飯の組み合わせは本当に美味いですよね。この日本伝統の食文化を守ることが私の使命です」と、流行に流されることなく、うなぎ専門で勝負する奥山さん。その店の入口では、老舗の重厚さとは趣の異なる、天の川とウナギの飾り物が客を出迎える。「ここ天文館は、江戸時代に天文所以外で、幕府から唯一天文観測が許された場所でもあるんですよね。そんな昔の薩摩の人々の夢が詰ったロマン溢れる場所に店を構えていますので、その夢を受け継ごうと、天の川を飾りました。そして、天の川を飾ったのならば、当然、うなぎは川を泳ぎますので、うなぎを天の川に泳がせたという訳です。かに座もあるしさそり座もある訳ですから、うなぎも天の川を泳ぐ権利はありますね」。70歳代ながらロマンチストな一面を見せる奥山さん。しかし、その店の入口の秘密はそれだけではないと言う。「うなぎ屋と言うと、入口が瓦で、暖簾があって、奥の方に座席があって…というイメージですが、これからの新しい時代の営業というのは、若い女性の方でも気軽に食べに来て頂かないと成り立たないということで、入口は黒タイルで統一し、古い雰囲気は一切なくしました。何でもないような事ですが、お客さんがサッと入れて安心する入口を作るということは、商売のひとつのコツなんですよね」。味のこだわりを語る匠は多いが、入口のこだわりを語る匠は珍しい。老舗の格式を入口に表すのではなく、客の安心する入口を作る…。接客の一つの象徴である入口に、そんな風にこだわる「うなぎの末よし」のうなぎは、味はもちろん雰囲気までもが美味かった。
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