久留米の伝統工芸品「藍胎漆器」を製作する工房「井上らんたい漆器」の三代目・井上正道さん。工場と住宅街が混在する街の一角、漆の香りに包まれた工場で、まもなく還暦を迎える歳でありながら、さらにベテランの職人さんたちと一緒に「藍胎漆器」を製作している。「箸のような小物から箪笥のような大型の家具まで、その紋様の美しさ、漆の艶の良さなど独特の風格を持つ藍胎漆器ですが、竹を編んで素地とし、漆を塗り重ね、さらに編み模様を研ぎ出すという、驚くほどの手間と時間をかけて製作しています。そこには複雑に竹を編む技術、漆を綺麗にを塗り重ねる技術など、日本の伝統技術の粋が詰っています」。そんな「藍胎漆器」は、明治維新により転職した久留米の武士が作り始めたとされるが、井上さんは、「日本人の生活を彩る道具として生まれた藍胎漆器ですから、現在の生活シーンに合わせて進化しています」と、フランスパン専用の長い楕円形をした皿なども製作している。今では中国産が増えるなど、本場の久留米でも藍胎漆器を製作する工房が少なくなって来たそうだが、時代が求める製品を提供し続ける限り、その伝統は受け継がれていく事だろう。そんな井上さんは、モノ作りとは階段のようなものだと言う。「藍胎漆器を作る上で、どの部分が一番大事かという質問をよくされるのですが、モノを作る上で50段階段があれば、下から2段目でズッコケてひっくり返ったら終わりなんですよ。ですからどれも大変だし、全てキチンキチンと登って行けば、必ず50段目の仕上がりに行きます。しいて言えば、どこが大事かではなく、覚えるのに時間のかかる技術と、かからない技術があるというだけですね」。ともすれば見せ場といった所に目が行きがちだが、モノ作りにおいて、どこが大事かということはない。至極当たり前でもあるが、全てが大事で全てに気持ちが入った時、初めてそのモノは輝く。「今の時代に、私は藍胎漆器のような工芸を作ってどんな意味があるのだろうかと考えるのですが、やはり機械ではなく人間の手から生み出されるモノというのは、言葉には出来ない安心感がありますよね。そんな人間の気持ちが表れるようモノ作りの仕事が出来ることは、やはり喜びでもありますね」。
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