宮崎県小林市の霧島連山の麓に広がる高原で、新しい花の苗を生産する育苗業を営む「星花園」の松永一さん。太平洋戦争後、進駐軍の園芸担当をしていた父親の影響で、この仕事を始めた松永さんのハウスには、薄化粧したような淡い色彩が特徴の世界でここだけにしかない美しい花が咲き乱れている。「新しい花の苗の開発は、1万本に数本という確立で優秀な苗を選び抜き、それらを掛け合わせて、翌年に花が咲くのを待つ事を繰り返すという地道な仕事で、一つを完成させるのに30年はかかるんですよ」と、気が遠くなるよな年月をかけて花を育てている松永さん。これまで開発した新しい品種の花は、約10種類。色違いや形の新系統も含めると50種類を超えるそうだ。「戦後は利益と効率を追い求め過ぎて、育苗業受難の時代が続きました。それでも手間暇を惜しまず諦めずにやって来た事で随分認められるようになりました。やはり人は、真なるモノ美なるモノの魅力には勝てませんからね」。そんな松永さんの育苗家としての実力は、製薬会社や食品メーカーからも一目置かれ、品種改良の依頼が後を絶たないそうだ。「人間も花も根は一緒です。花たちは、より自らを美しく装う事で種族を繁栄さえて来ました。私は、その手助けをしているだけに過ぎません。ですから、より美しく進化していく事が良い事だと言う事において共鳴したら、花たちが協力してくれるんです」。そう言う松永さんは、花たちの事をあの人たちと擬人化し、畏敬の念をもって、まるで家族のように花と接している。「花たちは凄い才能を持っています。そう解釈しないと理解出来ない、宇宙的な力をこれまで沢山感じて来ました。ですから、自分が一番だなんて思ったらとんでもない。そんなものじゃないという事に気が付くのに、10年も20年もかかりましたね。そして、心からそう言ってキザでなくなった時が本物でしょうね。そういう世界があると思うと、あまり胸を反らさないで、静かに生きて行きたいな〜と思いますね」。人が仕掛けて、その美しさが生まれるものではない。むしろ、花たちの力に人が手を添えて、美しい花が咲く。真っ白な顎髭をたくわえ、現代の花咲か爺さんとも呼ばれている松永さんの言葉からは、花と人とのゆるぎない信頼関係を感じた。
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