背振山系の清らかな渓流の傍に店を構える「神埼そうめん工房 百年庵」。江戸時代からある佐賀の名産品・神埼素麺の製麺所として130年余りの歴史持つ「井上製麺所」の直営店として、麺本来の旨みが味わえると定評の店だ。五代目の井上義博さんは、「神埼素麺は、全国的にも一早く機械化した歴史を持つのですが、機械化する事によって椿油を使わなくて済む為、麺が酸化せず、麺の味がダイレクトに伝わるんです」と言う。「ですから神埼素麺は、粉に凄くこだわります。味を誤魔化す事が出来ないんですよね」。そんな素麺は、茹でるのが一番難しいそうだ。「素麺は茹で時間が10秒違うと全く味が変わります。よく袋売りの商品などで、茹で時間を細かく教えて下さいと言われるんですが、季節、天気、湿度、製造日からの日数、それぞれで変わります。ですから本当は、厳密に茹で時間を指定出来ないんですよね」。しかし、麺の製造者として、やはり最良のコンディションで麺を味わって貰いたいというのは心情だろう。それならばとオープンさせた店が、この「神埼そうめん工房 百年庵」という訳である。そんな井上さんは、今、素麺だけにこだわらず、和食、中華、フレンチ、イタリアン等のシェフを招いて、様々な麺料理の可能性を試している。「私の中で、パスタと日本の麺の中間の麺を作りたいという構想があります。パスタは色々なバリエーションで調理され、今や多くの日本人に愛されていますけど、素麺に代表される日本の麺は、炒めたら、切れたりくっついたりして、なかなか調理に向きません。ですから調理に向く日本の麺を作りたいんですよね。日本の料理というのは、そのモノ自体の良さを、どうにか引き出そうとする料理です。ですから我々が今作っている麺は、パスタじゃないんです。パスタは麺だけでは、なかなか食べられないけど、日本の麺は麺だけで食べようと思っても食べられます。そこの違いを日本人は分かっていると思うので、パスタと日本の面の中間を作りたいというのが、私の今の目標です」。麺の定義を考えた時、細いというだけで、後は自由自在なものなのかも知れない。だから麺について考えるのは奥が深い。「基本はやっぱり麺を美味しく食べて頂きたい。でも、そんな同じパターンで食べて頂かなくてもいいですよと言いたいんです。
そういう意味では、やはり調理人さんが使い易い麺を作らない限り、まず、使って貰えませんからね。
そうすると我々が調理人さんの要望に沿えるように努力するのが本当だろうと思います。やっぱりパスタに攻められてばっかりじゃあ面白くありませんからね」。それだけでも美味いが、調理され様々な味で楽しめる麺。そんな匠の新しい麺の完成が楽しみだ。
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