匠の蔵~words of meister~の放送

鏝絵の仁五【鏝絵(こてえ) 大分】 匠:後藤五郎さん
2015年05月30日(土)オンエア
漆喰(しっくい)の壁に鏝(こて)を用いて様々な絵柄を描く鏝絵(こてえ)の名人『鏝絵の仁五』の後藤五郎さん。卓越した左官技術と芸術的な感性によって、龍や鳳凰、風神雷神などのモニュメントから企業のシンボルマークまで、様々な鏝絵を制作。その豪快さと繊細さを兼ね備えた鏝絵は、建築業界からも注目され、これまでに個人宅を始め、有名ホテルや病院、店舗など、日本全国の建築物を美しく彩っている。
「左官が壁を塗る鏝で絵を描く鏝絵は、漆喰装飾の一技法なんですが、日本では高松古墳や法隆寺金堂の壁画に使用されるなど、その歴史はとても古いんですよ。そんな鏝絵が世に知られるようになったのは、伊豆の長八(1815年〜1890年 静岡県加茂郡松崎生まれ)が27歳の時、江戸日本橋茅場町の薬師堂建立にあたって、柱に竜の鏝絵を描いたことがきっかけだと言われています。その龍は漆喰に描かれたモノだとは思えない程、見事だったそうで、以来、長八が編み出した鏝絵技法は職人の間に広がり、江戸の商家を始め様々な家々に流行したそうです」。防水性と調湿機能、さらに防臭効果に優れる漆喰は、日本の気候と相性が良いことから古来より日本の建築物に用いられてきたが、明治維新以降、伝統的な日本家屋の減少と共に衰退。同時に鏝絵も姿を消していったという。
「家と庭があって家庭と書きますが、現代は庭のない家が増えたように、お金のかからない家が主流となりましたよね。そんな中で、鏝絵が必要とされる為には、やはり先人たちの時代には、不可能な技術も貪欲に取り入れ、現代の人々が喜ぶ鏝絵を制作しなければならないと思っています」。鏝絵の技法は、彫刻とは反対の技法で、削るのではなく、表現したい部分に肉付けして作品を制作する為、後藤さんは大小50種類もの鏝を使用して鏝絵を制作。時には芯を入れて漆喰を肉付けし、鏝絵を宙に浮かせることもあるという。
「先人たちが表現したくても、その時代にはできなかった技法というのがあるんですよね。例えば私がやっている鏝絵を宙に浮かせるような表現を、昔の職人もやりたかっただろうと思うけどできなかった。でも今は、当時はなかった素材であるステンレスの芯を使うことによって、宙に浮かせることが可能になったんですよ。ですから“伝統文化や伝統技法を守る”という言葉は、ともて響きがイイんですが、厳しい言い方をすれば、それはダミーの延長なんですよね。そうではなく今を生きる職人は、今の技術や素材を融合させて進化させることが大事だと思っています」。そうやって先人たちが残した技法の上に、今の時代の技法や素材を積み重ねて生まれる後藤さんの鏝絵は、ただ昔ながらだけではない、人をワクワク、ドキドキさせる新たな魅力を纏い、多くの人々を魅了していた。
「伝統文化や伝統技法には、その時代、その時代に合った創意工夫が必要であると。ですから私はそこからさらに進化させた新しい鏝絵にこだわる訳ですよ。以前、ホテルのエントランスを彩る鏝絵を制作させて頂いたんですが、後日、仲居さんから、『後藤さんの鏝絵を見たお客様が手を合わせながら感動の涙を流していましたよ』と言われたんですよ。その言葉を聞いた時、自分の信じる道は間違っていなかったと。それは本当に職人冥利に尽きる言葉ですよね」。そんな人々を涙させる鏝絵を制作する後藤さんは、自分は芸術家ではなく職人だと言い切る。
「私はモノ作りの仕事に携わる人間は皆、職人だと思っています。それを芸術家だと判断するのはお客様であって、自分ではないと思うんですよ。ですから私はあくまでも職人でありたいと思っています」。千年を超える伝統をもつ仕事に携わりながら、今の時代の息吹を吹き込み、今の時代を生きる鏝絵を生み出している後藤さん。その座右の銘は、シンプルに『継続は力なり』という言葉だった。「失敗は、そのモノに取り組むことを辞めた時が失敗ですからね。人は何をしたかではなく、何をしようとしたかが大事だと思っていますので、これからも失敗を重ねながら鏝絵を制作していこうと思っています」。

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