熟練した職人が、いまも昔ながらの手縫いの製法で靴を製造する工房『Pancia』の店長、寺崎広光さん。上質な革の美しさ、手縫いならではのフィット感、耐久性に優れた靴は、多くの顧客から支持されている。「『Pancia』の靴のほとんどは『ハンドソーンウェルテッド製法』と呼ばれる製法で作られています。この製法は現在、高級紳士靴の代名詞的な製法として知られる『グッドイヤーウェルテッド製法』の原型となるモノで、職人による昔ながらの手縫いの製法です。機械生産の靴はアウトソールを縫いつけることなく接着剤などで圧着しているため、通気性が悪い上に型崩れしやすく、修理にも限界があります。一方、『Pancia』の靴はお手入れ次第で長く履くことができるんですよ」。もともと洋服屋で働いていた寺崎さんだが、店員は自社ブランドの服しか着ることができない。故に小物にオリジナリティーを求める中で靴の世界に興味を抱き、靴の修理屋を経て『Pancia』の門を叩いたという。「靴の製造は職人の世界ですから誰も教えてくれません。毎日、朝9時から夕方6時の就業時間後に修行を続け、分業制の靴作りの世界において、すべての工程に精通することができるようになりました。やっぱり自分の知らない工程があることは悔しいですからね」。そんな寺崎さんの靴作りの信条は「とにかくお客さんの足にフィットした、履き心地の良い靴を作る」ことにある。「『Pancia』では、一人ひとりの足に合わせて作るオーダーメイドの靴と、値段が割安な既製品の靴の両方を製造しているんですが、型を作る人間として、一人のお客さんの足に合う型を追求することと、なるべく多くの日本人に合う型を開発することの両方を追及しています。そうして日本人の足に合う型の最大公約数の確立を高めていけば、少しでも安く多くのお客さんに、履き心地の良い靴を提供できますからね」。靴は洋服などと違い、ほんの少しサイズ違いが痛みや疲れとなって現れる。だからこそ既製品であっても、少しでも多くの日本人の足にフィットする靴を追求する寺崎さん。しかし、『Pancia』の靴は例えオーダーメイドで合っても、他の店の手縫いの靴に比べて、かなり良心的な価格で提供されている。「最近は趣味で靴を作る方も増えましたが、職人の基本は、いかに正確に早く仕事をすることにあると思います。いくら『丁寧に時間をかけて作りました』といっても、そのかけた時間を値段に転化することはできませんからね。そこが一般の方と職人の違いではないでしょうか」。常連客の中には、リペアを繰り返しながら、20年以上も履き続けている人もいるという。その靴は値段以上に履きこむほどに風格を増す、人に長く愛される靴だった。「私の尊敬する靴職人が、『その日、その日に作った靴が、自分がいままで作ってきた中の最高傑作になるように』と仰っていたんですよね。私もそのような心がけで、昨日より今日、今日より明日と、その日、出来上がった靴が最高傑作と思えるようになりたいなと思って、毎日、頑張っています」。
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