匠の蔵~words of meister~の放送

ミツル醤油醸造元【醤油メーカー 福岡】 匠:城慶典さん
2015年06月06日(土)オンエア
自社醸造の仕込みを40年ぶりに復活させた老舗醤油メーカー『ミツル醤油醸造元』の四代目、城慶典さん。現在、市場に出回る醤油の大半は、組合がつくる生醤油を元に製造されたモノで、各醤油メーカーはそれをブレンドしたり添加物を加えたりすることで味の個性を出しているそうだが、城さんは高校生の頃にその事実を知り、一から醤油づくりに挑みたいと決意。農業大学で醸造の基礎を学んだ後、広島の醸造蔵で1年間修業し、2010年に念願の自社醸造を始動させたという。
「多くの醤油メーカーが自社醸造を辞めたのは、昭和38年に制定された『中小企業近代化促進法』に醤油製造業が指定されたことが大きく影響しています。この法律によって醤油製造は県や地域での協業化が進んで、コストと時間のかかる原料処理から圧搾までの工程を各メーカーで行なう必要がなくなったんですよね。もちろん昭和40年代は醤油の需要量がピークだったので、協業化によって多くの醤油メーカーが商品を安定供給できるようになったり、品質が向上したりというメリットもあったんですが、いまは大量消費の時代ではなくなりましたからね。少量でも一から醤油屋が責任をもてる醤油をつくりたいと思った訳なんですよ」。そうして城さんは、昭和40年代に醸造を廃止して以来、蔵の中で眠っていた麹室や道具、木桶などを手入れし、原料に糸島産の大豆と小麦、玄界灘の自然海塩を仕入れ、自社醸造に向けて準備を整えたという。
「醤油を仕入れてそれに味付けをするのはドレッシングをつくっているような感覚なんですよね。そうではなく、どこの醤油屋も昔は一から醤油をつくっていたように、やはり自社醸造で原料から醤油をつくりたいという想いが、ずっとあったんですよ。醤油屋と名乗って仕事している以上、普通に考えて醤油をつくっていないのはおかしいじゃないですか。そんな後ろめたさのようなモノもあったんですよ」。
そこにあるのは、ただ醤油屋としての城さんの誇り。そんな誇りは、その決意のようにスッキリとした切れ味となって、2010年の初仕込みから2年後に自社醸造によって生まれた醤油『生成り』に表れていた。
「ブレンドも添加もしていない純粋な醤油であることから『生成り』と名付けたんですが、これは九州の甘い醤油と違って、関東の方にも喜んで頂けるような少し辛口で上品な味わいが特徴なんですよ。初めて発売した2月28日は、『ミツル醤油醸造元』の礎を築いてくれた祖父と、こんな僕をずっと応援してくれて、醤油を仕込んだ日に亡くなった伯母の誕生日なんですよね。2人がずっと見守ってくれたから、この『生成り』が完成したような気がして、どうしてもこの日を発売日にしたかったんですよ」。城さんは、そんな様々な人の想いも詰まった『生成り』によって、醤油の新しい楽しみ方も提案したいという。
「天然醸造は仕込んだ年代によって味が変わりますので、その違いを楽しんで欲しいと思っています。もちろんユーザーによっては品質を安定させることを求められますが、その違いから生まれる面白さというのがありますからね。例えばワインの年代のように『私は○○年に仕込んだ醤油が好き』とかですね。ですから、お客様にそれぞれ好みの年の醤油を選んで頂けるように、この『生成り』には、仕込んだ年を表示しているんですよ」。糸島に創業してから90年間、家族を中心に小さな醤油屋として歩み続け、地元の人々に愛されてきた『ミツル醤油醸造元』。その醤油は、いま県内外の料理人からも注目されるなど、地元のみならず全国に羽ばたこうとしていた。
「特に自分自身を表現したいとか、そんな特別な想いがあって自社醸造を始めた訳ではなく、ただ醤油屋として本来の醤油づくりを行う醤油屋さんになりたいと思っただけなんですが、それをプロの料理人の方にも評価して頂けるっていうのは、地元の人に喜んで頂けるのと同じように、やはり嬉しいことですよね」。実際に手掛ける程に改善点も見つかるという天然醸造の仕事。これからも進化し続ける、『生成り』が、城さんの手によって、今後、どのような味を生むのか楽しみだ。

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