国宝『富貴寺大堂』に隣接する民宿を兼ねた食事処『旅庵 蕗薹(ふきのとう)』の河野順祐さん。『富貴寺』の副住職でもある河野さんは、仏教系の大学を卒業後、湯布院の名店『古式手打ちそば泉』で修業。挽きたて、打ちたて、茹でたての三たての十割蕎麦を始め、地元の食材を使った農家料理などを提供する。
「ここ豊後高田市は、春と秋の年に2回、蕎麦の実を栽培し、初夏にも新蕎麦が味わえるなど、昭和の町としてだけでなく、蕎麦の町としても知られているんですよね。丁度、私が母親の営むこの店を手伝うようになった頃に、市では蕎麦打ち職人を育て、『そば認定店』を認定するという取り組みを始めたのですが、もともと料理の世界に興味あったので、私もそれに参加してみようと思った訳です」。そうして『そば認定店』に認定された『旅庵 蕗薹』で、河野さんは、訪れた人を家族のような暖かなおもてなしで迎えてくれる。
「ここ田染蕗は、本当に村の人たちが暖かく、田舎の雰囲気がいまも色濃く残っている土地なんですよ。私は料理だけでなく、そんな村全体の雰囲気も一緒に味わえる空間を提供し、訪れた人に村ごと好きになってもらいたいんですよね」。そんな河野さんには、食事を通して、お客さん一人ひとりに伝えたい想いがあるという。
「仏教の食事のお唱えの中には、『食の来由(らいゆ)を訪ねる』という言葉があるのですが、それは、いま食べている、目の前にある食材は、誰が調理し、どこで、どうやって育ったのかというのを大事にしようという意味なんですよ。そうすると、調理した人はもちろん、植物を育ててくれた人や自然に、感謝の気持ちが出てきますよね。小さなことですが、毎日の食事の中で、皆がそういう輪の中で生きていることを意識し始めたら、世界が大きく変わると思うんですよね」。河野さんが毎日の食事で意識して欲しいと願う感謝の心は、もともと日本人なら誰もが知っている、持っている心だろう。なぜなら日本には、『いただきます』『ごちそうさま』という素晴らしい言葉があるのだから。
「やはり体に入れて大丈夫なモノは、日本の伝統的な食事にあると思うんですよね。地元の良い食材を使い、化学調味料を使わずに、食事を作る。そんな『スローフード』の考え方が、私が料理を始めるきっかけにもなったのですが、それは、まさに『食の来由を訪ねる』ことに繋がっているんですよね。料理の世界は、始めは仏教と関係のない世界だと思っていましたが、根っ子の部分では、やはり通じているんですよね」。将来は座禅や精進料理を通じて、『食前観』と呼ばれる、そんな食にまつわる仏の教えなどを伝える『宿坊』を営むという夢があるという河野さん。そんな食を通じて感謝の心を育てたいと願う河野さんの想いは、座右の銘に掲げる『不言実行』の言葉通りに、いつの日か花開くことだろう。
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