菊池市に古くから伝わる伝統菓子『松風』を製造する1897年創業の老舗菓子舗『正観寺丸宝』の三代目、野口征治郎さん。焼菓子特有の甘く香ばしい匂いのする工房で、薄いクッキーのような外見と、パリっとした心地良い口当たりが特徴の『松風』を無添加で製造。卓越した技術により、和菓子としては日本一となる1.2ミリの薄さを実現する。「『松風』は南北朝時代の豪族、菊池一族が京都から持ち帰ったとされる和菓子で、現在の京都にも同じ名前の和菓子が存在します。しかし、京都の『松風』は柔らかくて分厚い蒸し菓子のような印象で、300年かけて薄く進化した菊池の『松風』とは似て非なる存在です。ですから菊池の『松風』は、その繊細な形と上品な甘さから『京都の松風よりも京都らしい』と呼ばれているんですよ」。もともと郷土菓子として街の駄菓子屋さんでも売られていた『松風』は、昭和29年に菊池温泉が掘削されてから、その軽さと日持ちの良さが観光客の間で人気を呼び、菊池温泉の名物土産として全国に広まっていったという。そうして『正観寺丸宝』では『松風』を、さらなる銘菓に育てようと先代から薄さを追及し、野口さんの代で現在の薄さを極めることに成功する。「薄いほど直ぐ壊れてしまいますので作るのが難しい。ところが薄いほど歯ざわりと口どけが良く、味も美味しくなるんですよ。ですからこの形は、ただ味を求めて進化させていった結果に過ぎません。昔の諺で『易きになじまず、難きにつく』と言いますよね。まさに、この諺通りです」。そんな野口さんの味へのこだわりは、その薄さだけではなく原材料にも表れている。「卵は土の上で平飼いされた健康な鶏が産んだ地卵、小麦粉は熊本、福岡をはじめとする九州産、そして、あっさりと上品な甘さでオリゴ糖を豊富に含む甜菜糖を北海道から取り寄せて使用しています。この他は芥子の実のみと、『松風』の原料はいたってシンプルなんですよね。日本の一流銘菓と呼ばれる和菓子の原料は、どこも共通してシンプルなんですよ。決して複雑ではありません。それは技術がしっかりとしているから、添加物などを加える必要がないんですよね。例えば『松風』にも黒糖を入れているようなメーカーがありますが、ウチではそういうことを一切やりません。シンプルな原料を使用し技術で『松風』を作る。これが私どもの基本です」。そんな技術によって『松風』を、いまや全国区の一流銘菓に育てた野口さん。何事も技術を追求すれば、おのずとシンプルな方へと近づいていく。「京都の銘菓『生八ツ橋』のように、いつか『生松風』を製造したいという夢があるんですよね。原料もまったく違うモノになりますから、一からのスタートになりますが、やっぱり、その場合も原料はシンプルに、技術で作っていきたいと思います」。
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