世界で初めて感覚的な不自然さまで解消する技術を確立し、正確な音の再現に成功した音響システム製作工房「知名御多出横(チナオーディオ)」の知名宏師さん。そのハンドメイドのアンプとスピーカーから聴こえてくる臨場感溢れる音は、聴く人に目の前でプレイヤーが生演奏をしているような錯覚を起こさせる。「オーディオ内部の配線の接続に使うハンダの電気抵抗が音の歪みを生み、正確な音の再現を邪魔していることから、自分はその配線に使われている銅線を溶接のみで繋いでみようと考えた訳なんです。アンプやスピーカーは、静電気でも壊れるくらい精密なパーツを使っていますので、これまで溶接は不可能だと思われていたのですが、何度も失敗を繰り返し、じゃあ溶接機から作ろうということになり、今に至るという訳です」。そんな知名さんは、同時にフルレンジの円柱型をした全指向性のスピーカーも開発するなど、大手音響メーカーも真似出来ない理論と技術で、今や世界中から注目されている。「普通の生活の中でスピーカーの前に腰を下ろして音を楽しむような事は、それほどありませんよね。ですから空間全体がリスニングポイントになるように、振動板の全面に反射板を取り付け、音を全方向に広げる事に成功しました」。雑然と商品や趣味のラジコン飛行機が並ぶ知名さんのショールーム。そこは特別な空間ではなく、私たちが普段生活する空間となんら変わる事がない。しかし、そのスピーカーから鳴る音は、どの場所に居ても驚くほどクリアに響く。「不可能を可能にするという精神を育ててくれたのがラジコン飛行機作りなんですよね。ラジコンを始めた時は、徹夜で一生懸命に組み立てて次の日に飛ばしに行く。そうすると、何度失敗しても空を飛ぶまで諦めることが出来ないんです。どんな事をしても飛ばしてやろうという、そのエネルギーは凄いと思いますよね」。そんな知名さんのエネルギーの結晶であるアンプとスピーカーが鳴らす音は、人の心を揺さぶる力を持っている。「例えば美空ひばりの歌を聴いて涙が溢れて来る。それは美空ひばりの歌に奥行きがあるからで、その奥行きを感じる為には、やはり生演奏を聴くのが一番です。ですから、僕が再現したいのは良い音ではなく、奥行きのある音なんですよね。音そのものではなく、この部屋で本当にそこに演奏者がいて歌手がいて、目をつぶれば間違えてしまうような、そんな音ですよね。もう今は美空ひばりの生の歌声を聴く事はできませんが、いつでも過去の名演と呼ばれる演奏者の技を再現して蘇えらせる事が出来るというのは、本当に素晴らしい事だと思いませんか」。知名さんは素晴らしい生演奏を聴くことで、それを完璧に再現したいという欲望が高まったと言う。絶えず本物に触れ、自分の仕事がバーチャルなモノを再現する事だと分かっているからこそ、その再現への欲望を忘れない。誰もが実現することが出来なかった、この完璧な音の再現は、そんな知名さんの欲望のたまものなのだ。「自分の想いがあって、それをやり遂げるという事は、その過程も含めて本当に楽しいですよね。もちろん苦しみもありますが、それは楽しむ為に用意されているものですから」。
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