刃物を使って木を彫刻するカービングの技術で、食器や家具、アート作品など様々な造形の可能性を追求する『森のアトリエ』の彫刻家、上妻利弘さん。熊本県玉名郡の緑豊かな自然環境の中、自然の温もりが伝わる作品を制作。命の息づかいが表現された自身の代表作『SEIMEI(生命)』シリーズなどの個性的な作品は、フランスや韓国など、海外でも高く評価されている。「農業高校を卒業した後、自然と農業の仕事に従事していたのですが、23歳のときに海外の雑誌に載っていた鳥のデコイに心を奪われて、木を削るようになりました。そして1985年に熊本県伝統工芸館のコンペで入選したのを機に、仕事としてカービングに取り組むようになったんですよね」。周囲に師匠となる人物がいなかったため、独学でカービングを学び、道具の使い方のみ指物師のもとで習ったという上妻さん。しかし、その環境がいまの自分を助けているという。「師匠に習うと仕事を早く覚えることができますが、独立した後に自分のカラーを出すのが大変になると思うんですよね。作品づくりは自分のやりたいこと、自分の個性を表現することですから、何色にも染まらず、常にオリジナルティを追及し、自分自身と格闘してきた日々が、いまの創作活動に生きていると思います」。そんな中、5年がかりで生まれたのが木彫りのバターナイフ『テタール』。持ち手の部分が丸く、ナイフの先が宙に浮いたその独特の形状は、『テタール』の意味である『おたまじゃくし』の姿そのもの。バターを塗った後に、皿に置かなくてもいいという使いやすさまでもが追求され、いまではオランダやカナダでも販売されているという。「モノを作る人はモノで表現するのが仕事ですから、やはりモノを見て感動してもらいたいという欲求がありますよね。そして、感動してもらえるためには、作り手が作品のどこかに緊張感を入れないとダメなんですよ。のぺ〜とした緊張感のないモノは、やはり感動してもらえませんよね」。そんな上妻さんの作品には、デザインだけではない、人を感動させる奥深さがある。「自分が無理をしていると、作品も無理するんですよね。絵でいうと平面の作品なのに、無理していない作品は裏まで見えるんですよ。描かれているのは顔だとしても、その顔の裏側や背中の服のイメージまで沸いてくるわけです。それは描く人が頭の中で、背中まで描いているからなんですよね。ですから僕たちもそうなるように、立体の作品でも裏の見えない部分までイメージして作らないと、相手に伝わらないと思っています。そのためには自分の頭の中で、作品の隅々までを理解して、すべてを消化した状態で作っていかなくてはなりません。無理をしていては、完全に消化することなんて出来るわけがありませんからね」。絵も工芸も作者がイメージしていなくては、見えない部分まで人にイメージさせることなんてできない。無理なく作品と向き合う状態から生まれる上妻さんの作品は、その見えない部分をイメージさせるだけでなく、姿形から木の手触りまでもが伝わってくる。「生まれてくる命のエネルギーを表現したというのが創作活動の根底に流れているんですよね。ネクストワンの精神で、これからも新しい命を表現していきたいと思います」。
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