長崎県の天然記念物として『長崎さるく』の観光コースとなっている西小島の『大楠』の横で、明治から営業を続ける老舗焼餅専門店『老舗菊水 大徳寺』の3代目、松本利治さん。明治元年に廃寺となった寺の名を冠しているため、『老舗菊水 大徳寺』は長崎七不思議のひとつとして『寺もないのに大徳寺』と歌われているという。「大徳寺の焼餅は『太宰府天満宮』の『梅が枝餅』と似ているのですが、寺ではなく『梅香崎天満宮』の境内に店があることから、その繋がりで祖父が明治時代の初頭に焼餅屋を始めたそうです。『梅が枝餅』と比べて大きいのが特徴で、ふっくらとした肉厚な餅の中に程よく甘い上品な餡子が入っています」。客の注文を受けてから焼かれるその焼餅は、餡子を薪で炊いて丁寧に練り込むなど、昔ながらの変わらぬ製法で作られる。「先代から受け継いできた製法が一番だと思っていますから、生地も餡も昔ながらの変わらぬ製法を守り続けています。また、県外の長崎出身者から『焼餅を送ってください』とよく言われるのですが、時間が経てば固くなるでしょう。やはり焼き立てが一番、柔らかくて美味しいですから、そういうこともしていないんですよ」。あくまでも儲けではなく品質を重視する姿勢を貫き、地元の人のみならず、観光客からも愛される味を守り続ける松本さん。そこには伝統を受け継ぐ者としてのプライドがある。「この商売をしていて一番の喜びは、一度食べたお客様が、もう一度食べに来てくださることなんです。ですからお客様が『これは不味いな〜』とか『もう買いたくないな〜』とか思われるような情けないことは、絶対にしたくないですよね。そのためにはミスをしないことです。昔からのお客様が『全然、味が変わらんね〜』と言ってくださるように、日々、精進することが大事だと思っています」。長崎の人たちのソウルフードとしてある焼餅だから。そんなプライドが、80歳となった今でも松本さんを奮い立たせる。「日々、餡子との勝負ですよ。餡子が『もうあげてくれないか』とか『これ以上、練ると固くなるよ』とか、餡子と会話ができないとダメでしょうね」。味、形、そして、値段までも・・・いつの時代も変わらずに、長崎の人に愛され続ける『老舗菊水 大徳寺』の焼餅。その焼餅の餡子には、松本さんのプライドと、人が懐かしいと思う郷愁までもが練りこまれていた。
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