鹿児島県の伝統工芸品『薩摩切子』を製造する『美の匠 ガラス工房 弟子丸』の代表、弟子丸努さん。弟子丸さんは約30年前に『薩摩ガラス工芸(現:島津興業)』で、当時は途絶えていた『薩摩切子』の復元に携わった後に、『薩摩びーどろ工芸』を経て独立。切子師として洗練されたカットによる幾何学模様が織り成す切子の美の世界を表現する。
「学校を卒業した当時は『薩摩切子』の伝統が途絶えていたのですが、それを復元しようとしている人たちがいることを知り、その美しさに衝撃を受けて僕もやってみたいと思ったんですよね。もともとモノ作りが好きでしたから、黙々とモノづくりに打ち込めるこの仕事は、自分の性格に合っていたのかも知れませんね」。『薩摩切子』のデザインは、透明なガラスの表面に色を融着させた色ガラス(生地)にカットを施し、磨き上げていくことで完成するが、『薩摩切子』は『江戸切子』などの他の切子よりガラスに融着させる色が1〜2mmと厚い為、『色ぼかし』と呼ばれる独特の美しいグラデーションが生まれるという。
「色ガラスをカットすることで中の透明なガラスが浮き出してくるんですが、このカットの深さによってグラデーションが生まれるんですよ。それぞれカットするラインが均等でなければ、その模様もバラバラになってしまいますので、そこが一番難しいところですよね」。そんな弟子丸さんは『薩摩びーどろ工芸』時代に『薩摩黒切子』のカットに初めて成功するなど、その卓越した技術は他の追随を許さない。
「『薩摩黒切子』は当時の上司から『鹿児島は黒豚、黒牛、黒糖、黒酢と黒文化の街だから、黒い切子をやってみないか』と言われたことが始まりだったんですよ。しかし黒は光を通しませんから、ガラスをカットする刃が見えないので、最初は不可能だと思ったんですよね。それでも僕は何故か『無理です』とは言わなかったんですよね。目で見えないのであれば、これまでの経験で培われた感覚でカットしてみようと。そうして試行錯誤を続けた結果、ようやく『薩摩黒切子』が誕生したという訳です」。その手が刃と同化するまで磨かれた感覚で、『薩摩黒切子』を生み出した弟子丸さんは、卓越した技術を極める為に必要な要素は、決して才能ではないという。
「やはり長い時間、同じ作業を繰り返していると、手が自然にス〜と自分が求める方向へと動くようになるんですよ。それは才能ではなく、どれだけ仕事と真摯に向き合ってきたかという努力の結果だと思うんですよね。ですから作家は才能や感性で素晴らしい作品を生み出すこともできるかも知れませんが、技術がすべての職人は努力しかないと。よく『職人は一生勉強』だと言われますが、まさにその通りなんですよね」。あえていうのであれば、努力できることが唯一、職人にとって必要な才能ということだろう。究極の技術を道標にしながら、しかし、どこまで歩んでも終わりのない職人の世界に近道はない。
「とにかくカットし続けることです。例えば前日までできていたことが今日、できなくなることがあるんですよ。それは、その技術をまだ完全に会得していない証拠なんですよね。しかし、それも何度でも繰り返してチャレンジしていくとできるようになる。そうすると、あやふやだったその技術が確信に変わるんですよね。モノづくりの職人になる為には、そんな努力だけだと思うんですよ。そんな日々の努力があってこそ、徐々に腕も上がっていきますからね」。現在は高額な『薩摩切子』を、より多くの人に親しんでもらおうと、製造の過程ででる端材を使い『エコキリ』と名付けた少額のペンダントやアクセサリーも製造。新たな『薩摩切子』の楽しみ方も提案している弟子丸さん。その座右の銘は、『薩摩切子』職人としての自らの姿勢をそのまま表現した『継続は力なり』という言葉だった。
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