焼入れに適した水と土に恵まれた刃物の郷・蚊焼で、『蚊焼鍛冶』の呼び名で今に伝えられる伝統工芸品を製作する『山口鍛冶工場』の山口良仁さん。『蚊焼鍛冶』は長崎開港と同時に南蛮刀の技を取り入れて生まれた、切れ味と粘りに優れた良質の刃物。職人の世界では『職人の腕は1代限り』という考えから実子を跡継ぎとすることを好まず、山口さんも血筋として2代目だが、その技術は江戸の頃より綿々と受け継がれてきたモノだという。「熱処理の温度や冷やすタイミングといった鍛冶屋の理屈は、先人たちが何度も何度も試してきた中で確立されてきたモノなんですよね。現代を生きる私たちは、その理屈を分った上で確認するという作業を行っている訳ですが、私は、ただ確認するだけではなく、その上にさらに新しい技術を積み重ねていくことを意識しています。伝統というのは、同じことの繰り返しが伝統ではなく、新しいことを積み重ねてきたことを後から見た時に、それが伝統になっていると思うんですよね。ですから、昔から受け継がれてきた基本的な技術というのをキッチリ持って、その上に積み重ねていくということが大事だと思います」。そんな山口さんは刃金と地金を組み合わせ、何層も重ね合わせる職人技で、その名も『匠の業』と称する雷模様の刃物を生み出すことに成功する。「通常、日本の刃物には墨流しと言う流線模様を作り出す技術がありますが、私は南蛮渡来のダマスカス模様にヒントを得て、複雑に入り乱れる雷模様を生み出したんですよ」。それは、同業者からも「どうやって作ったの?」と質問される程、まさに匠の業の粋が詰め込まれた刃物。美しさと鋭い切れ味を兼ね備え、研ぐ度に目にも麗しい模様が変化していくという。「この雷模様の刃物は、言えば自分の腕を形にしたということですよね。『ホンダ』や『カワサキ』などは、レーシングカーは作っても、それを売って商売にしている訳ではありませんよね。『こういう高い技術を持って、大衆車を作っています』『そういう高い技術を持った人間が作った大衆車です』と、一般的な車を売っている訳ですから、私も一般的な刃物を売る為に技術を見せたいと思い、雷模様の刃物を製作したという訳です。『私、腕がイイんですよ』だけではなく、『これだけ出来る腕を持っています』『その腕で作っています』という気持ちですよね。雷模様の刃物は、商品自体としてはマニアックな商品で、例えば、一般的な包丁と比べると値段も随分、高くなりますからね」。職人は言葉で語るものではない。そう信じ、形にすることで自らの腕を語り、その上で日用品としての刃物作りに励む山口さん。それは伝統に甘えることなく、さらなる高みを目指し続ける職人のロマンそのモノだった。「自分は常に初代の気持ちで、日々、刃物を製作しています。職人の世界では、現状に止まることは後退することと信じていますからね」。
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