宮崎市清武町の静かな山間に工房を構える『日々 -yori-』の神谷和秀さん。神谷さんは東京の専門学校で木工技術を学んだ後、宮崎市田野町で『指物工房 矢澤』を主宰する矢澤金太郎氏に師事。その後、東京の家具製作会社『ウッドユウライクカンパニー』を経て独立。現在は無垢材を基調とした落ち着いた雰囲気のオリジナル家具を中心に、様々な木工製品を製作しているという。
「高校生まではサッカー漬けの毎日を過ごしていたのですが、卒業後は手に職をつけたいと思い専門学校へと進みました。そこでモノづくりの楽しさにハマってしまったんですよ。そして就職した『指物工房 矢澤』は職人の独立を支援してくれる工房で、今の自分があるのは、そこで働けたことが大きかったと思います」。『指物工房 矢澤』からは、神谷さんのように、これまで多くの門下生が巣立っているそうだが、その一門の作品を集めた展覧会も開かれているという。
「今、家具製作の現場は分業が多いのですが、矢澤さんのところも、その後、就職した東京の家具製作会社も職人が一人で、最初から最後まで家具を製作することができたんですよ。そんな環境で技術を習得できたからこそ、僕は独立することができたんですよね」。分業だと責任の所在も分散してしまうが、一人で製作すると良くても悪くても責任を負うのは自分一人。それが神谷さんにとっては心地良いという。
「一人で製作すると製品の細かいところまで、丁寧に作り込むことができますからね。各パーツの一つひとつの細かいところまで気を配ると、それを組み合わせて大きな形にした時に、全体としてキレイに仕上がるんですよ。お客さんに愛着をもってもらえる製品を製作する為には、そんな職人の丁寧さが見える仕事をしなければならないと思っていますからね」。それぞれのパーツを例え99%で仕上げたとしても、数多くのパーツからなる家具などは、それが組み合わさった時に70%、80%のモノになってしまう。だからこそ一切の妥協を排除してモノづくりに挑む神谷さんのもとには、多くの人々からオーダーメイド家具の依頼がくるという。
「テーブルでも椅子でもたった1cmの違いで、全く使い心地が変わってくるんですよね。どんなにデザインが恰好良くても使い心地が悪ければ長く使ってもらえませんので、家具の場合、僕は使い心地を一番に考えて製作しています」。作家はインパクト重視の家具を製作してもいいが、職人はそうではないと、あくまでも職人として、美しさと実用性を兼ね備えた家具にこだわる神谷さんは、「普通の家具が一番長く使ってもらえるんですよ」と笑う。
「オーダーメイド家具の場合は、お客さんが明確に『こんな家具が欲しい』と想像してオーダーしてきますよね。するとその時点で既に、その家具にはお客さんの思い入れが込められているんですよ。ですからその思い入れを形にすることが、僕の仕事だと思っています。ただそんなお客さんの求める以上のモノを作りたいなとも思っているんですけどね。オーダーメイドの家具は当然、既製品よりも値段が高くなりますし、ご注文を頂いて家具を納品した時に、お客さんが想像していたモノよりも下回っていたらガッカリしますよね。ですから常にお客さんの想像の少し上をいく。そんな家具を作れたらいいなと思っています」。それは想像の上過ぎても客の思い入れ...イメージを壊してしまう微妙なラインなのだろう。そんな客の思い入れの少し上を形にした神谷さんの家具は、それぞれの家庭で愛され、そこに住む人々の思い出と一緒に年月を積み重ねていく。
「無垢の木で作られた家具は、僕たちと一緒に呼吸をして生活をしていきますからね。長く使ってもらうことで、その家具がお客さんの思い出になるような、そんな温もりのある家具をこれからも提案していけたらと思っています」。
そんな神谷さんの座右の銘は、論語の『今汝は画(かぎ)れり』。これは孔子の弟子が、「先生の道を学ぶことを幸せに思っていますが、私の力が足りず、いまだ身につけるに至っていません」と孔子に話したところ、孔子は「本当に力が足りない者なら途中で力尽きているはず。しかし、お前はまだ全力を尽くしていない。お前は自分で自分の限界をあらかじめ設定し、やらない言い訳をしているだけだ」と激励したという言葉。できない理由を並べることなく、できる可能性を信じて歩み続ける神谷さんが、ここ清武の地で、今後、どんな家具を生み出していくのか楽しみだ。
| 前のページ |