熊本の伝統工芸品「渋うちわ」を製造・販売する明治22年創業の工房「栗川商店」の四代目・栗川亮一さん。約400年前から山鹿市の中心部から少し離れた来民地区で製造され、「来民うちわ」とも呼ばれる「渋うちわ」は、竹に貼った和紙の表面に柿渋が塗られ、普通に使っても100年近く使えるという。「防虫効果のある柿渋を塗ることによって和紙をコーティングする作用があるんですよね。そうすることにより丈夫で長持ちするうちわが出来上がる。要するに、モノのなかった時代に、いかにモノを長持ちさせるか…大切に使うかという、今の環境問題にも繋がる先人たちの知恵が、『渋うちわ』には詰っている訳ですよね。儲かる商売ではないのですが、『渋うちわ』に込められた、そんな先人たちの知恵と工夫、そして、日本の文化を子どもたちに伝えていくのが、私の使命だと思っていますので、今もこの商売を続けているという感じですね」。最盛期には、来民地区だけでも16社が軒を連ね、海外へも輸出していたという「渋うちわ」だが、時代と共に安価なプラスチック製のうちわに押され、現在も製造を続けているのは、「栗川商店」を含め2社のみだという。しかし、栗川さんは、そんな現状をただ嘆いているだけではない。「材料や技法は、やはり守っていかないといけないと思うんですよ。何で、その材料で出来ているのかというのは、当然、先人たちの知恵が働いている訳ですからね。しかし、デザインなどは、やはり変わっていかなければならないと思っています。その時代の人たちが喜ぶようなことに対応出来ないと、どんな伝統工芸品でも難しいですよね。そんな中の一つとして、約20年前に、うちわを贈答品にしてもらおうと、『命名うちわ』というのを作ったんです。これは、子どもさんの名前をうちわに仕立てるというモノなんですが、『渋うちわ』は丈夫で長持ちですので、一生もんのうちわになる訳ですよね。そして、うちわの風で人生に追い風をというような色んな物語をくっつけていったんですよね」。どんなに伝統があっても、時代にマッチしていなければ、その素晴らしさは伝わらない。先人たちの知恵に現代の知恵を、柿渋と同じように塗り重ねて作られる栗川さんのアイディアとオリジナリティは、時代をも超越する。「当然、うちわは冬は殆ど売れないんですよね。ですから冬に売りたいと考え、一度日本の冬に夏を迎える南半球のシドニーで展示会をしたんですよね。その時、うちわを2000本くらい持っていったのですが、お客さんの食いつきが悪いんですよ。日本ビイキの土地のはずなのに、うちわのイメージがなかった訳なんですよね。ですから、筆で相手の名前を漢字に直して、うちわに書いてあげたんですよ。そうしたら、2000人が並んだんですよね。ですから、そういうことが今の時代に合わせるということだと思います」。売れなければ、アイディアとオリジナリティで勝負すればいい…。時代がどうではなく、常に相手がどうしたら喜ぶのかを考えて作る栗川さんの「渋うちわ」。その風には、時代の隔たりをも吹き飛ばす、今の時代の匂いがした。
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