東シナ海を望む雄大な景色の広がる坊津町。鹿児島でも屈指の透明度と美しさを誇り、珊瑚礁の生息するこの坊津の海水を釜炊きし、100%天然塩を生産する日高則夫さん。廃材で作った小屋に据えた、幅1メートル、長さ約1.5メートルの2台の釜で、毎日毎日、ゆっくりゆっくりと海水を炊き続ける。「30年間サラリーマン生活を送り、定年を前に何かを始めたいと考えていた時、たまたま手にとった雑誌で、熊本の天草で天然塩を作っている方の記事を読み、その自由な生き方に心を動かされたんですよね。数日後には天草に足を運び、『海水と釜さえあれば塩作りは出来る』と言われ、その気になったんです」。以来約6年間、日高さんは夫婦で昔ながらの塩作りに取り組み、粒が大きくミネラルが豊富で、「塩なのに甘い」と評判の塩を生産するようになる。「塩が出来ても、最初はそれだけでは生活出来ません。生活費が必要なになりますよね。しかし私の場合は、塩が出来たら500円でも1000円でも、どこかで売って歩けば良いと楽観的に考えていました。まだ売れてもいないのに変な自信もありましたしね」。不安よりも塩作りの面白さに魅了された日高さん、その収入は3年後にサラリーマン時代のそれを上回ったと言う。「やはり、昔ながらの塩作りというのがいいですよね。昔は海辺に行って、ドラム缶を半分に切ったようなモノを持って行って海水を汲み、そして、近くの山から薪を取って来て、一晩中焚いて塩が出来上がったんです。それを、ここの地域の人たちは、熊本や宮崎方面に持っていって米と交換していたんですよね。そんな昔ながらの塩作りは、なんといってもムードがいいですよね。大量生産をしようと思えば、他の方法も十分に考えられますが、この作り方の流れが私には合っていると思っています」。セカセカした環境では、ゆっくりとしたモノは出来ない。想像だが、色の少ない水墨画を描く場所は整理整頓され、色の多い油絵などを描く場所は、やはりモノが溢れている。モノというのは、それが似合う…それが出来るべき環境の中でこそ生まれるものだ。「塩は正直です。同じ海水でも、早く帰りたいという作り手の勝手な気持ちで、ガンガンガンガン火を焚いて作ると、本当に塩の味が変わってしまいます。ゆっくりのんびりと...そんなスローライフなムードの中でこそ、美味しい塩が生まれると思います」。そんな日高さんが作る塩は「坊津の華」の名で、今やプロの料理人を始めとする、多くの人たちの料理に華を咲かせている。
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