昭和4年、鉄道省公認出水駅汽車弁当店として創業した老舗「松栄軒」。この「松栄軒」で30年程前から定番となっている「えびめし」は、JR九州駅弁ランキングで毎年上位にランクインしている人気弁当だ。社長の松山勇さんは、「駅弁と言えば、やはり地域性をアピールしたものでないといけないと思うんですよね」と言う。では鹿児島とエビは、どのような繋がりがあるのだろうか。「この辺りでは、300年の歴史がある不知火海の冬の風物詩『ケタ打瀬網漁』で捕れるエビが有名なんですが、そのエビを乾燥させたモノは、鹿児島の正月の雑煮に欠かせないものなんですよね。そして、この『えびめし』は、その中の乾燥赤エビを細かく砕いて炊き込んだご飯なんです」。旨いエビの出汁が口一杯に広がり、彩りも鮮やかに食欲をそそるこの「えびめし」。しかし、松山さんは、「『えびめし』は、30年かけてやっと有名になったけど、これまで1度も営業をした事がないんですよね」と言う。その真意を訪ねると、「私共は企業ですから大きくしたいし、売れる事が1番大事な事ではあるんですけど、あえて、こちらから営業をかけてやるという事は、今の所はしておりません。自然体の世界だと私は思ってるんですけど、精神的に真面目にピシっとしたモノを生き方として持っているとですね、製品的にも、ちゃんとしたモノが出来ると私は思っています。そうすれば、お客さんや外部の方とのコミュニケーションもうまくいけると思っているんで、そういう面で、人の和を広げて来たというのは事実でしょうね。そして、そんな中で真面目に作って来たモノが、今の弁当だと思います」。もちろん美味しいものが売れるのは当たり前だが、安定して供給するとか、品質を落とさないとか、そういう商売の基本的な事に目が向かない事はよくある。味、そして、仕入れ、製造、販売も30年守って、やっと評価が得られる。そんな長い間、真面目に作られてきた弁当には、やはりコクが生まれ、その価値が生まれる。「駅弁と言うからには、やはり汽車に乗って食べる価値があると思うんです。コンビニエンスの弁当を汽車に乗って食べてもですね、やはり哀愁が湧かないと思うんですよ。パッケージにしても地域・地域の特色がありますよね。そういうものを見ながら行く事は、やはり旅の楽しみだし、醍醐味だと思いますね」。そして、最後に松山さんは「えびめし」が有名になった事で困った事もあると言った。「この『えびめし』は、昔から800円の値段で提供させて貰ってるんですけど、今の時代だと1000円くらいでなければ採算が取れないんですよ。でも、今値上げをしたら、名前が売れたから値上げをしたと思われるじゃないですか。ですから、『えびめし』は、ずっと800円で行こうと思っています。まあ、これは私の意地かもしれませんね」。
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