餡子で米粉を蒸した餅を挟んだ姿が、背中が黒く腹の白い鯨のように見えることから、その名が付けられた佐土原町の伝統菓子“鯨ようかん”を製造する「阪本商店」の阪本スエ子さん。それは、“ようかん”と名付けられてはいるが、実際は餡子餅に近く、300年以上も前から地元の名物として多くの人たちに愛されている。「延宝4年に第四代藩主の島津忠高公が若様を残して亡くなられ、お家騒動“松木事件”が起きました。この時に生母の生寿院が『若様に鯨のように大きく育って欲しい』という願いを込めて菓子屋に命じて作らせたのが、この“鯨ようかん”なんですよね。ですから“鯨ようかん”は、無病息災など子どもの健やかな成長への願いが込められているんです」。佐土原町には、そんな“鯨ようかん”を製造する店が何軒かあるそうだが、中でも「阪本商店」は、阪本さんが「懐かしさも味わって欲しい」と、今も唯一昔と変わらぬ製法で、薪から焚いて臼と杵で餅をつき、一つ一つ大事に手作りしていると言う。「よそに行って帰って来られた方が食べると、昔と変わらない味で、『懐かしい気持ちになる』と言って下さるんですよね。『味とともに子供の頃の思い出までもが甦って来る』と言われると、やはり嬉しいものですよね」。そんな阪本さんが1日に製造出来る“鯨ようかん”は30パック程度。売り切れれば閉店となる。「今は米粉が蒸し上がる時間と作る時間のバランスが丁度良いんですよね。米は生きているというか、季節や天気に大きく影響されるものですから、手の感触で米粉の固さを確かめながら、お湯の注し加減を決めるのが、とても大切だと思っていますので機械を入れようと考えた事は一度もありません」。そんな阪本さんの味へのこだわりは、手作りだけにあるのではない。「始発で出発するので朝早くに取りに来られるお客さんなどは、『前の日の商品でいいので取っといて』とか言ってくれるのですが、私はどんなに朝が早くても、その日に作るようにしています。何でもそうかも知れませんが、やはり、その日に作った味が一番良いんですよね。私としては、その日のモノを売りたいと思っていますし、“鯨ようかん”は次の日に売る品物ではないと思っています」。ただ良い商品を作るだけじゃなく、少しでも良い状態で、それをお客さんに渡したい...。阪本さんの作る“鯨ようかん”の魅力は、その製法だけにあるのではない。阪本さんの心遣いも合わさっての魅力だった。
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