匠の蔵~words of meister~の放送

多め勢【老舗蕎麦屋 福岡】 匠:田口俊英さん
2015年09月05日(土)オンエア
蕎麦粉8割、つなぎ2割の二八蕎麦に辛汁(からつゆ)が特徴の本格的な江戸前蕎麦を提供する福岡の老舗蕎麦屋『多め勢』の主人、田口俊英さん。本来、江戸前とは東京近郊で獲れた食材を使った料理のことを指すが、蕎麦の世界では江戸時代に確立された江戸の蕎麦文化や伝統の味を重視する蕎麦のことを江戸前と呼ぶそう。田口さんは、そんな江戸の蕎麦職人によって伝えられた『三本麺棒』で蕎麦を打つ『大玉打ち』の技法(畳3枚に広がり一度に約60人前の蕎麦を打つ技術)を受け継ぐ蕎麦職人で、現在、その技術をもつ者は全国でも珍しいという。
「これは人口過密によって長屋文化が育まれた当時の江戸の町で、いかに狭い場所で大量の蕎麦が打てるかということから編み出された特殊な技法なんですよね」。その熟練した『大玉打ち』の技法で、田舎蕎麦とはひと味違うツルツルとした喉越しの良い江戸前蕎麦を提供する田口さん。しかし、そんな手打ちの蕎麦だけを提供することは、現状では厳しいという。
「明治時代までの蕎麦は、すべて職人によって手打ちされていたのですが、大正時代に自転車が普及して出前が始まると、大量の注文が入るようになって、手打ちでは追いつかなくなったんですよ。そこで『神埼素麺』で知られる佐賀県の神埼で生まれた製麺機を導入して、全国の蕎麦屋が蕎麦を機械で打つようになっていったんですよね。現在も1日に千人も客が訪れるような有名店に限らず、商売として蕎麦屋を営んでいる店は、どこも機械を導入しています。ですから今も本当に手打ちの蕎麦のみを提供できるのは、趣味で蕎麦屋を営んでいる店だというのが現状なんですよね」。それ程、蕎麦打ちは手間暇がかかるモノで、田口さんの店でも機械で打った蕎麦を提供しているという。
「『大玉打ち』の技法で蕎麦を打っても高々60人前ですよね。数百人も客が訪れると対応できなくなるんですよ。ですから私が打てない分は機械の手を借りましょうと。その代わり例え機械で打ったとしても、なるべく私が手打ちした蕎麦に近いモノとなるように、うちでは製麺機械の技術が発達している『讃岐うどん』の産地、香川県の讃岐で特注した機械を使っています」。そんな田口さんの店では、多少、値段が張ろうとも、何より厳選した食材を使うことにこだわっているという。
「蕎麦に限らず料理は材料で味が決まりますからね。ですから、私の店では例えば『おかめ蕎麦』の中に入れる麩ひとつでも金沢から仕入れています。また昆布は利尻、わさびは信州、山芋は丹波と、蕎麦粉以外の食材でも全国から一級品を取り寄せているんですよね。蕎麦という江戸時代の庶民の食文化は、今も伝統の形のままキチンと残っていますので、それを守る為にも食材にはこだわりたいと思っています」。調味料や添加物のなかった江戸時代に、本物の食材で蕎麦屋の文化を築いた先人たちの想いを受け継ぎ、日本全国から取り寄せる本物の食材にこだわる田口さん。しかし、蕎麦屋の文化の真髄は、それだけでは語れないから奥深い。
「私は朝、3時間ぐらいかけて出汁を取っているんですよ。それは美味しいモノを作ろうと思ったら、吟味した食材を使うだけではなく、丁寧な仕事も必要とされるからなんですよね。もちろん技術も大事ですが、そういう非常にきめ細かい仕事ぶりが、江戸の蕎麦屋の文化を守る為には、何より必要だと思うんですよね」。佐賀の有名店『三瀬そば』を始め、これまで数多くの弟子たちを育ててきた田口さんは、2001年に蕎麦教室『福岡そばの会』を設立。これまで千人以上の人々に蕎麦打ちの楽しさを広めるなど、蕎麦愛好家の裾野を広げてきたという。
「したい、やりたいという気持ちを持ち続けることが大事ですよね。私は長年、狂言師としても活動しているんですが、何事であろうとも、そうしたやろうという気持ちをこれからも忘れずに、江戸の蕎麦屋の文化を守っていこうと思います」。

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