九州を中心に全国に店舗を構えるうどん店グループ『豊前裏打会』の総本山として知られる『津田屋官兵衛』の主人、横山和弘さん。餅のような独特の食感と喉越しの良さが特徴の細麺で多くのファンを獲得。今や北九州の新たなご当地麺として愛されている、その麺に魅了された弟子たちと共に『豊前裏打会』を結成し、日々、新たな麺の可能性を追求し続けている。
「38年前から、ここ北九州の地で営業を続けていますが、いま全国でそれぞれの店舗を構える『豊前裏打会』のメンバーたちは、皆、うちの常連客だったんですよ。僕は弟子を取ることに積極的ではなかったんですが、彼らは僕が断り続けても勝手に厨房に入って来て店を手伝うんですよね(笑)。そんな情熱をもった連中が集まったのが、この『豊前裏打会』なんですよ」。そんな体育会系の集団『豊前裏打会』のメンバーたちから『オヤジ』と呼ばれ親しまれている横山さんは、「彼らは弟子ではなく、僕と同じ麺好きの仲間なんですよ」と目を細める。
「この『豊前裏打会』が注目されるようになって、多くの人から『何でフランチャイズにしないの?』と言われましたが、僕が興味なかったんですよね。ですからうちから独立する場合、屋号は必ずその人間に決めさせています。その方が愛着も出て、頑張れるじゃないですか」。もともと義兄に誘われてうどん店を始めたが、「店にくる客はうどんが目当てではなく、焼飯やおでんを食べにきていました」という横山さん。しかし、1本の電話が、そんな店の未来を左右することになったという。
「その頃、テナントビルや遊技場などを経営する人から、『今度、新しく建てるビルの1階にうどん屋を出すから手伝ってくれないか』と頼まれたんですよ。しかし、その店で提供する麺は、今の僕の店で出している麺では駄目だと言うんです。そこで、その人に大分の、あるうどん店に連れていかれたんですが、僕はそこで食べた麺の旨さに衝撃を受けたんですよね。これが麺かと。それから僕も改めて麺と真正面から向き合ってみようと思い、様々な研究を重ねていったんですよ」。そうして横山さんは、『稲庭うどん』や『五島うどん』、そして『能古うどん』に近い細麺でありながら、そのどのうどんとも似て非なる自己流の麺を開発。扇子のように盛られた姿がトレードマークの『ごぼう天』と共に、『津田屋官兵衛』のうどんを大ヒットさせることに成功する。
「僕自身、あまりうどんに捉われたくはないというのが本音なんです。ですから店の看板にも『うどん』ではなく、麺としか書いていないんですよ。うどんではなく麺として捉えると、相当、色んなジャンルがありますよね。スパゲッティもそうだし、ラーメンもそうだし、その世界が無限に広がるんですよね。僕には、そんな広い麺の世界の中で、色々なチャレンジをしたいという想いがあるんですよ。ですから今、店で提供している麺は、お客様が『これが美味しい』と言うから出しているだけで、その裏では、常に何か新しい麺をちょろちょろ開発しています。そして、『豊前裏打会』のメンバーに食べさせて、『不味い』とか、どうのこうのと言われながらやっています。それが楽しいんですよね」。麺という広大な原っぱで、まるで子どものように無邪気に遊ぶ横山さん。そんな横山さんがちょろちょろと、しかし、その生涯をかけた麺遊びは、まだまだ終わることはない。
「まだまだ美味しい麺がありそうな気がするんですよね。その可能性がある限りは、チャレンジし続けようと思います。もともと『豊前裏打会』というネーミングは、麺の王道ではなく裏側を、それこそ我流で追求してきたことに由来するんですよ。例えば、麺の熟成に24時間から36時間もかけたり、100度に沸騰したお湯で麺を湯がいたり、そんなやってはいけないということをやって、理論づけを後から行うような麺づくりをしてきましたから、やはり表ではなく裏が似合いますよね」。その一方、3年前に亡くなられた奥さんに想いを馳せ、「妻が好きだった店をなくす訳にはいかないという責任感で、この歳までやってこられたのかも知れませんね」という横山さん。その座右の銘は、麺という世界で真面目に遊ぶ、横山さんの生き様に相応しい、『日々、精進』というシンプルな言葉だった。
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