阿蘇山の麓に開いた窯で、阿蘇の岩や土、阿蘇の草木の釉薬で作品を焼く『阿蘇坊窯』の陶工、山下太さん。阿蘇のカルデラという壮大な器の中に身を置き、その掌から阿蘇の大自然をその身に宿らせた器やオブジェなど、様々な作品を創作する。
「ここ坊中は、かつて修験道の聖地だった場所で、僧侶が暮らしていた坊が数多くあったそうなんですよ。それで『阿蘇坊窯』と名付けたのですが、エンジョイの“遊ぼう”も少し意識しました」。子どもの頃から阿蘇好きの父に連れられ、何度も福岡から阿蘇へと遊びに通う中、自然と阿蘇の魅力に惹かれていったという山下さんだが、この地で陶工として生きていこうと決意するまでは、紆余曲折があったという。
「高校卒業後、航空自衛隊の整備士として働いたり、美容学校に通ったりする中で、目標が見いだせずに東南アジアやヨーロッパを8か月間、ヒッチハイクで旅をしたことがあるんですよね。その途中で、もともと廃品を集めてジャンクアートを作るコトに夢中になっていた時期がありましたから、タイのビーズアクセサリーを作ってロンドンで売っていたんですよ。すると地元の人に『なぜ日本人なのにタイのモノを作ってるの』と聞かれたんですよね。そこで自分が日本のコトを何も知らないことに気付いたんですよ」。その後、海外旅行を早々に切り上げ、国内を巡った山下さんは、福岡県で『小石原焼』に出会い、衝撃を受けたという。
「その民芸調の焼物を見て、コレの為に自分の人生はあったと思えたんですよね。その後、4年間、『小石原焼』の陶工、熊谷善光先生に師事することになりました」。そうして2003年3月に、阿蘇で自らの工房を構えることになった山下さんだが、阿蘇の地を生涯の仕事場とすることに迷いはなかったという。
「自分の焼物を始める前に阿蘇山をグルっと隈なく周り、阿蘇自体が器だという感覚を覚えたんですよね。それで、そういう阿蘇の大自然を感じることのできる作品を作れたらイイな〜という憧れが芽生えたんですよ。そこで『小石原焼』で学んだ基本以外は捨てようと。ここだからこそ生まれる、ここのモノを作ろうと決意しました」。阿蘇の土は水を浄化する力をもつというデータがあるなど、独特の性質を持っているという。そのような阿蘇ならではの自然を形にする山下さんは、自らの作品は阿蘇を伝えるツールでしかないという。
「自分の感覚としては、作品は阿蘇の自然を人に繋げる為の道具なんですよね。阿蘇と人との間に自分が入り、形を変えて阿蘇の自然の恵みを人に届けると。ですから米や野菜を作る農家の方と感覚は同じかも知れないですね。作品自体が阿蘇であり、阿蘇の自然でありという、そういう部分が作品から感じて頂ければ、それが一番嬉しいことですね」。それは作品ありきではなく、まず、阿蘇の大自然の恵みを人に届けることありきのモノ。そんな山下さんの作品からは、そのカルデラのごとく、何とも懐の深い阿蘇の自然の多様な魅力を感じることができる。
「鉄分の多い阿蘇の土は、焼くと『男性的に見える』と言われることが多いのですが、阿蘇は女神の山であるように女性的な魅力を讃える山でもあるんですよね。ですから自分は女性的な繊細さをもつ焼物なども手掛けるなど、これからもクオリティーを高めながら阿蘇そのものを表現していきたいと思っています」。
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