昭和24年創業の老舗食堂「井手ちゃんぽん」の三代目・井手良輔さん。「創業時は『千十里食堂』という名で、主に北方の炭鉱で働く人たちを相手に、色々な種類の定食を提供する食堂として営業していたのですが、いつしかちゃんぽんが名物となって、店名も現在のモノに変わったんです」。そんな井手ちゃんぽんの特徴は、丼から溢れんばかりの野菜たっぷりの具と、その旨みが溶け出した豚骨スープにある。「長崎のちゃんぽんは鶏がらベースですが、佐賀のちゃんぽんは豚骨ベースなんですよ。同じ豚骨でもラーメンはスープで味が決まってしまいますが、ちゃんぽんはスープと調理する具材で味を変えることが出来ますからね。野菜の旨味を引き出すことには情熱をかけています」。豚骨のこってりした味と野菜のまろやかな味のバランスが絶妙な井手ちゃんぽん。その味は客一人一人によっても変えられていると言う。「当たり前かも知れませんが、男性、女性、年齢、服装などを見て、お客さんによって味は多少変えています。もちろんベースの味は変わらないんですが、塩を強くしたり弱くしたりなどはありますね」。そんな井手ちゃんぽんは、その味を求め、親子三代で通うファンもいるという北方のソウルフード。「故郷に帰省した時に必ず立ち寄って下さるお客さんもたくさんいるんですよ。そんなお客さんの懐かしい顔を見るのがとても嬉しいですね。その分、先代、先々代の味を覚えているお客さんも多いので、味を変えずに進化していかなければならないと思っています。ただ、以前食べた味を完璧に覚えているっていう方は、いないと思うんですよね。お客さんが覚えているのは美味しかったというイメージだと思いますので、そのイメージを超える努力をしていかなければなりませんよね」。いくら味に感動しても、その味を完璧に覚えている人はなかなかいない。多くの人が覚えているのは、美味しかったという喜びや高揚感。そんなイメージに挑戦し続ける井手さんの作るちゃんぽんは、人の心を…気持ちを動かす味だった。
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