大川木工の祖、榎津久米之助氏の檀家として技を磨き、船大工などを経て一世紀以上、組子建具を生業とする『湊屋』の六代目、志岐浩実さん。糊や釘を一切使用せず、小さな板を千分の1ミリ単位で組み上げる『大川組子』の伝統技術を受け継ぎ、繊細でデザイン性の高い意匠を施した障子や欄間などの組子建具を製作する。
「網代、四つ目、亀甲、八角、捻組、籠目などの基本技術を活用して幾何学的な紋様を織り込みながら、自らの感性を表現していく組子細工の世界は、とても奥が深く、まだまだ私自身、人生を草花に例えると若草の頃だと思っています。この先、技だけでなく心も磨きながら、いつか老木の花の気品が漂うような職人になれればいいですね」。そう組子細工の世界に身を捧げる覚悟で歩む志岐さんは、『全国建具展示会』で内閣総理大臣賞を始め、数々の受賞歴を誇る老舗の三人姉妹の三女として生まれ、小さい頃から自然に家業を受け継ぐモノだと思っていたという。
「姉二人は組子細工にまったく興味がありませんでしたからね。一方、私は休日に機械が止まり、家に職人がいないのが、なぜかとても寂しかったんですよ。そうして20歳の頃に、この世界に入ったのですが、24歳の時に父が他界して、あまり教わることができませんでした。それからは父が作った組子細工をバラして再び組み立ててみるなど独自に研究を重ね、技術や感性を磨いてきました」。そんな志岐さんには、組子建具を製作する時に大事にしていることが、二つあるという。
「まず私は仕事を始める前、必ず発注をされたお客様と対話を重ねるようにしています。家の雰囲気や思い入れを知るのはもちろん、そうして得たお客様の好みや想いを形にするのが、私の仕事だと思っていますからね。そしてもう一つは、材料となる木の声に耳を傾け、その木の特徴を掴みとるようにしています。組子細工は檜や杉の木を材料に製作するのですが、それらの木ときちんと向き合うと、『こういう風に使って欲しい』『こういう風に加工して欲しい』と語りかけてくれる気がするんですよ。木は私たち人間の人生より遥かに年輪を重ねてきた、風雪に耐えてきたモノですよね。私たちはそんな木の命を頂いて、違う命を吹き込ませて頂く訳ですから、その木の声に耳を傾ければ、必ず助けてくれると思うんですよ。言葉は聞こえなくても感じることはできると信じています」。それは不思議な話にも聞こえるが、長年、木と真摯に向き合い、木に畏敬の念を抱き、木の魅力を最大限に引き出そうと努力してきた職人だからこそ得られる感覚なのだろう。
「木の声に耳を傾けて、コレはいけないという時は、仕事を始める前に何か胸騒ぎがありますよね。それを無理して、素直な流れに反して仕事をした時は、やはり良い結果はでないですね。それは当然、完成した作品にも表れますし、危ない話ですが作業中に怪我をすることもありますからね」。そんな志岐さんは、全国的に見ても数少ない女性の組子細工職人でありながらも、その仕事の中で女性を意識することはないという。
「人からはよく『女性は大変でしょう』とか言われるのですが、組子細工は当然、人が作ってきたモノですからね。人が作ってきたモノであれば女性であっても作れるだろうと。ただそれだけですよね。ですから組子細工を製作する時は、自分らしさを表現しようと思いますが、そこに女性らしさを表現しようとは意識していません。『女性らしい』とか『そうではない』とか、それは自分自身ではなく、見る人が評価すればイイと思っていますからね」。あくまでも自然体で木と向き合い、そんな木の見えない力に導かれて組み上げられた志岐さんの組子細工は、何とも無理のない、人を素直に感動させる魅力を放っていた。
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